メビウスの指輪・6 3





ガサリ。

背後に気配を感じたサニーは慌てて顔を上げた。
「…んだよ、リコか」
僅かに笑みを浮かべつつ歩いて来たのは、先ほど別れたばかりのトリコ。
蒼衣の様子と時間が遅かった事もあり、検査は明日の朝という話で落ち着いていた。
そのため空いた時間で、5人はついさっきまで久しぶりの再会として食卓を囲んでいた。
その後リンは蒼衣と自分の部屋に、ココは所長に融通してもらった部屋にと、それぞれ別れた。
「ココだと思ったか?」
「ヤツがここまで来る訳は無いけどな」
サニーが立っていた場所は、ココの知らない建物の前。…蒼衣の処置が行われている建物だ。
「……何考えてた?」
「野宿はつくしくねーな、かな」
まさか本当に野宿とはな、とトリコは苦笑した。
「リコは?」
「……『助けに来てくれたんだ』かな」
サニーは黙ったまま聞いていた。
「答えはここにしか無いだろうと思ってな」
「…そうだろうな」
互いが互いに、黙ったまま視線を向け合った。
その沈黙の間を、つむじ風が運んできた千切れた草が通り過ぎる。
暫くして、トリコが足元にまとわりつく風と草を払うように右足を軽く動かした。つま先がタイルに当たるタン、という音が、二人の沈黙を破った。
「行くか。」
「おぅ。」
トリコは扉に手をかけた。





「ホントに野宿するとは思わなかったし〜!」
リンはトリコの横で困った声を出している。
「ハゲが部屋の用意は任せとけって言ってたし〜」
無言で歩くトリコに、小走りで付いていくリン。その横にサニーが並ぶ。
「つかリン?おま、しょちょに何て言ったし?」
「え?『泊まれる部屋ないか』って」
「その前は?」
「前?…『ココと蒼衣が来てるんだけど』って……あ!」
「マジありえんし」
「ゴメ〜ン!トリコ〜!機嫌直すし〜!」
「ちょ!レには謝んねーのかよ!」
「お兄ちゃんも一緒に謝って欲しいし〜」
「意味分かんねーし!」
「トリコってば〜!」
トリコは泣き出しそうなリンをチラと見ると、リンの頭にポン、と大きな手のひらを乗せた。


「道理で、大きなベッドだった訳だ」
3人よりもやや遅れて合流したココと蒼衣。一連の流れをサニーから聞き、ココはぷっと噴き出した。
「リンちゃんは悪くないよ?だって3人並んで寝られそうだったから」
「キショい事言ってんじゃねーし」

早朝からココと蒼衣は、検査室に入っていた。
若干蒼衣の方が時間がかかったものの特に問題も無く、検査自体は正午の針よりも早く終了した。
そんな二人が検査に入る前、昼食を用意しておくとリンが伝えたところ、珍しく蒼衣からリクエストがあった。
ランチの種類ではなく、場所の。
その場所に今、5人が到着した。

「子供の頃を思い出したよ。たまには童心に返るのも良いんじゃない?」
「無茶言うな。まず重量オーバーだし。な?リコ?」
「野宿の方がマシだな」
3人が相変わらずの毒舌を繰り広げている中、申し訳なさそうなリンとその姿を気にしている蒼衣。
「で、外は寒かったかい?」
「程々な」
いつも人当たりの良いトリコが、今日に限ってはやたらと素っ気無い。
そんなトリコには流石に話の糸口が掴めない蒼衣は、リンが知りたいであろう事を、サニーに尋ねようとした。
「サニーさんも一緒だったんですか?」
「一緒って訳じゃねーけど」
蒼衣に対して言い淀んだサニーを、ココは一瞥した。
「気が付いたら一緒になってたし」
「何故?」
サニーへの問いかけに、トリコが割って入った。
「オレがここしか無いと思った所に、サニーも来たんだよ」
追い返す訳にもいかないしよ、とトリコが苦笑した。
「ま、色々聞いてやろうと思ってよ」
「何をですか?」
「蒼衣、それって超!酷だし!」
リンが慌てて口を挟んだ。蒼衣を引き寄せて耳元にコショコショと続けた。
(お兄ちゃん、こう見えてかなり傷付いてるし!)
「え?」
(多分人生初の失恋だし!)
「丸聞こえだぞリン!」
「あれ?」
「……レ、っぱ帰れば良かったな」
不貞腐れたサニーをココが笑いをこらえつつ宥めた。
「で、トリコ?その場所って?」
「あぁ、ここだよ」
大きく枝を広げ、葉を繁らせている大樹。その根元にトリコは腰を下ろした。
トリコは斜め上を見上げた。葉と葉の隙間から漏れる太陽の光に目を細める。
「良く来てたからな。ついつい」
気が付くとサニーも仰向けに寝転んでいた。枝のあちらこちらに見える小さなふくらみにこの先の情景を想い、ふ、と小さく笑う。
「久しぶりだし。全員揃ったのは」

蒼衣は自身の治療中、頻繁にこの場所に訪れていた。
大樹の根元から延々と続く緑の景色。そしてその身が抱える様々な生き物達の鼓動。
何よりも、この大樹自身が纏う白い花。その花びらがはらはらと落ちる様を蒼衣は『まるで羽根が舞っているよう』と心の震えるがままに喩えた。
この場所で会おうと約束する事は無かったが、蒼衣が好きだと言ったこの場所には知らず5人が集う事が多くなった。
そしていつの間にか、蒼衣に携わる様々な人間も顔を出すようになっていた。
そんな大樹の下に今。5人が久しぶりに集まったのだ。

シートを広げた上にリンと蒼衣が座り、リンが準備したランチをそれぞれで楽しむ。
一通り食べ終え、片づけを済ませた時、蒼衣がココに向かって言った。
「ね、ココさん?まさかうたた寝中に連れて来られるなんて思いませんでした」
「え?」
「でも。来て良かった。…ありがとうココさん」
ココは蒼衣の言葉に一瞬動揺したが、次の言葉で納得した。
「やっぱり、この場所が良いです。ほら」
蒼衣は真上の枝を指差した。
「今年も咲きますよ。たくさん」
ココはあぁ、と目を細めた。
「ボクも、ここが良いと思う」
「さっきから何がだし?」
サニーの言葉に実は、と言いかけたココを、蒼衣が遮った。
「何?蒼衣?」
(もう少しナイショのままで)
「そうだね。今日は流石に……ね」
「だから何だし?!」
「何でもないよ。もうすぐ花が咲くなぁって」

サニーを適当にはぐらかして、ココは小さく溜め息をついた。
蒼衣は、思い違いをしている。
ここに来た理由を、この大樹を見に来たのだと。そしてそれを喜んでいる。
ココは、蒼衣の言葉を思い出した。

……あの、大きな樹。私が好きな、白い花の咲く場所で。
……IGOの敷地内の。そこで、今まで私を支えてくれた人たちに、祝福されたい。

(…あぁ、そうしよう)
ココは一人呟いた。
検査の結果は異常無しだった。
自分も、蒼衣も。
だから昨日の『あれ』は、ただの夢だったのだ。
そう。何も無かった。それで良いんだ。
一月後も、同じように。
二月後も、同じように。
ずっと、同じように続く。続くんだ。
ココはまるで自分に言い聞かせるかのように、強く心の中で念じた。




花の咲く季節まで、もう少し。








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