「蒼衣、早く入るし」 サニーが蒼衣を促す。蒼衣はおずおずと、一歩足を踏み入れた。 ココはそんな蒼衣の肩に優しく手を置いた。 蒼衣は部屋の中をぐるりと見回し、最後に自分の肩越しからココの顔を見上げた。 「ココ、さん」 「あ、もしかして気がついた?」 ココが悪戯をした子供のように言った。 「実は、蒼衣のいない間にちょっと模様替えをしたんだ」 ゆっくり蒼衣を中へ導きつつ、ココが笑う。 「いつ気がつくかなとドキドキしてたんだけど、あっという間だったね」 「何でまた模様替えなんか?」 トリコが不思議そうに尋ねた。 「それは…強いて言えば、一人の時間を持て余したからかな」 蒼衣は今朝まで、IGOにいた。 ココの最愛の存在である蒼衣は、その身体の『欠陥』から、定期的にIGO医療班の処置を受ける必要があった。 処置には数日から2週間ほどかかることがあり、その間、ココは自宅で彼女の帰りを待っていた。 「今回は、長かったからね」 「10日だったか?」 トリコが尋ねると「11日」とココが眉をひそめた。 「どれだけ首を伸ばせば良いのかと思っていた」 サニーがフン、と鼻を鳴らす。 「んなの、互いに気分転換と思え。毎日胸焼けMAXなベタベタなんだし」 「たまには離れたって良いし。ね、蒼衣?」 ココは苦笑した。 「困るな。いつもそこだけは兄妹仲良しで」 あの日の騒動で。 かつて蒼衣が治療を受けていた建物は今は無くなっていた。 現在蒼衣が滞在する建物は関係者以外の立ち入りを禁止し、皮肉な事にそこにココも含まれていた。 ココ宅からIGOまでは、トリコかサニーのどちらか、IGOに用事のある方が『ついでに』と迎えに来ていた。 IGOに滞在中はリンが蒼衣の側に付き、そこから戻る日は、『良い口実だし』とリンは必ず職場に休みを申請した。 そしてここまでの道すがら、『ちょっと寄り道』と称して今日のような買い物を…サニーが必ずボディガード兼荷物持ちをさせられて…そんな事を繰り返していた。 「でも良いな〜。ウチもそれくらい毎日ベタベタしたいし〜」 「、んなら柱にくっついてれば、良」 「柱?」 「リコんちのチョコの柱」 「ベタベタの意味が違うし!」 「、れで良!リコは舐める」 「なっ?!」 「舐めるか!」 「まさかの即答?!それも酷いし〜!」 蒼衣は彼らのやり取りをぼうっと眺めていた。 蒼衣の心は、目の前の光景に自分が溶け込めていない事を感じていた。 何かが違う。でもどこかは分からない。どうしてと聞かれても説明できない。でも、自分の知らない何か…不自然なものが混じっている。 蒼衣の不安そうな表情に、ココが顔を覗き込む。 「大丈夫?ちょっと混乱させちゃったかな」 蒼衣は俯いた。 「答えは、ね」 ココが言う。 「カーテン。淡い色に変えたんだ」 冬が終わったからね、と言われ、蒼衣はココの指差す方向を見た。 「……徐々に思い出すから、心配しないで」 ボクが側にいるから、と言うココの言葉に蒼衣は不思議なほど心が落ち着いた。 その感覚には、確かに覚えがあった。 知らず蒼衣の口元に笑みが浮かんでいた。 あぁ…確かに、覚えている。 冬になる前に厚手の物に変えたのは、私。 そう。いつも通り。リンちゃんとサニーさんの楽しい口論も、トリコさんの笑い声も、私の隣にいるココさんも、いつもこんな感じ。 確かに、私は、覚えている。 蒼衣は、自分の言葉を噛み締めた。 そして、ココに向かって言った。 「ただいま、です。ココさん」 ← → |