ある夏の日のこと






 部活のない放課後。なぜ私がまだ学校に残っているのかと言われたら、これには理由がある。部員の少なくて普段、練習ひとつするのにも苦労しているサッカー部に行くからだ。

 中学校に入ってはじめて出来た友達の秋ちゃんはサッカー部のマネージャーで、その縁あって私もサッカー部の皆とは親しくさせてもらっている。皆、とはいっても部員は全員で四人しかいないけれど。
 私の所属するチアリーディング部も人数が多いほうではないけれど、それを遥かに下回るサッカー部。部活が休みのときだけだけれど、私でもなにか力になれればと思っている。

 部室棟から離れた場所にぽつんとあるプレハブ小屋、それがサッカー部の部室。体当たりすれば壊れてしまいそうな扉を開け、そこへ顔を覗かせる。


「こんにちは」
「あ、なまえちゃん!いきなりだけどしばらく半田くんを見ててくれない?」
「え?」


 扉の向こうにはジャージ姿の秋ちゃんと、サッカー部の一員である半田くんがいた。
 が、その半田くんは片足を痛々しく赤く腫らしている。


「半田くんが足を捻っちゃって。氷貰ってくるから、それまで動かないように見ててくれない?」
「あ、うんわかった」


 ぱたぱたと急ぎ足で部室を飛び出していった秋ちゃんの背中を見送ってから半田くんに向き合う。


「痛そうだけど大丈夫?そんなに激しい練習してたの?」
「いや、そうじゃなくて。昨日の夜、テレビでサッカー見ててさ」
「うん?」


 私から目を逸らして話し出した半田くん。今のところ怪我をした理由が全くわからなくて頭を傾げる。


「そこで見た必殺技がかっこよくてちょっとやってみた」


 ふとテレビで見たことを真似して怪我をしたり、怒られたりした昔の記憶が蘇る。半田くんは私がその思考にいくことは想定済だったのか、目を逸らしたまま合わしてくれない。

 けど、昨晩の試合は世界でも一二を争うチーム同士の試合だった。私ももしレベルの高いチアリーディングの演技が見れたら、頭がなにかを思うよりも先に体が動き出してしまいそうだ。


「私も、その気持ちわかるなあ」
「お、さすがチアバカのみょうじ!俺の気持ちを分かってくれるか!」
「バ……バカって……」


 私が理解を示したことが嬉しかったのか、首に半田くんの腕が回される。興奮しているのか腕の力が強くて、すこしばかり苦しい。


「気持ちはわかるけど、次から怪我には気をつけてね」
「それをみょうじが言うかよ。俺、おまえが怪我してないところ見たことないぞ」


 半田くんの視線が痛いくらいに突き刺さり、次は私が目を逸らす番だった。

 今まで運動なんて授業でしかしていなかった私が、中学でいきなりチアリーディング部に入ったのだ。入学して数ヶ月経つ今でも失敗が絶えず、体のどこかしらには痣がいつも姿を表している。
 あまりにも怪我が絶えないものだから、知らない人にはいじめや虐待かと誤解されそうで怖い。


「やっぱりジャージとかで隠したほうがいいかな?あんまり見てて気持ちいいものでもないし……」
「隠す必要はないだろ。全部みょうじが頑張った証拠じゃんか」
「え、あ…………ありが、とう」


 私の頑張った証拠ーー。
 茶化すわけではなく、真摯に言われたその一言は私の胸の奥を熱くするには十分すぎた。

 まだまだ下手くそで褒められることのほうが少ない。自分では頑張ってるつもりでも、他人から見た印象では違うことも多い。だからこそ人から言われた言葉というのは馬鹿みたいに私を喜ばせてくれる。


「だからといって怪我には気をつけろよ。おまえが新しく痣つくる度に木野が心配してるぞ。それに円堂も染岡も」
「………………半田くんも?」


 あえて外された名前を問いかけてみると、返事よりもはやく首に回った手の力が一段と強くなった。


「ああもう!そうだよ、俺も心配してるんだよ!わかったら怪我には注意しろよ!」
「え、ちょ、苦し……」


 自分で言ったことが恥ずかしいのか、手の力は弱まったけれど外されることはなく私の首に回されている。おかげでまたそっぽを向いてしまった半田くんの顔は見れない。


「あの、半田くん。私もっと頑張るね。怪我なんてしないように、皆にかっこいい演技見てもらえるように」
「……その頃には俺は日本一になってるかもな」
「かもしれないね」


 その為には半田くんもはやく怪我を治してねと呟けば、うるさいの一言しか返ってこなかった。

/本編前、一学年時


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