初めていとおしいと思った






「ガイさん、ガイさん」


 自分の姿を見つける度に嬉しそうに駆け寄ってくるその様は、親鳥を見つけた雛を連想させてひどく庇護欲を煽る。名前を呼んで返事をするだけで嬉しそうに飛び跳ねるのだから尚更だ。


「ガイさん今日はどういったご用件ですか?陛下に用です?」
「ああ、そうなんだが……大事な書類を忘れてきてしまって。急いで取ってくるから陛下に遅れると伝えておいてくれないか?」
「え、それなら私が代わりに取ってきますよ」


 頼むともなんとも答えないうちからエプロンを外し「ガイさんのお屋敷に行けばいいんですよね?」と問いかけてくる。そのまま彼女に圧倒されていると次は「陛下をお待たせするんですか」などと目で責めてくる。


「じゃあ頼むよ。家の奴に言えば分かると思うんだが……」
「はい、了解しました。すぐに取ってきますね」


 ぱたぱたと城内を走っていく彼女の姿を見送ってから自分も踵を返すと、すぐそこに同じようにして彼女の後ろ姿を見送っている人物がいた。


「…………陛下、そこでなにをしてらっしゃるんですか」
「いや、なまえも大分ここに慣れたなあと思って。掃除をしては花瓶を割ってた頃が懐かしいな」
「彼女がここに来て二週間は経ちますからね」


 二週間前、なまえを連れてきたのは何を隠そうこの自分だ。
 突然目の前に現れた彼女は、彼女自身ぽかんとした顔で何が起こったのか把握しきれていなかった。

 そこでとりあえず自分が彼女を保護したのだが、話していくうちに育ってきた国、環境、それどころか体を構成する成分すら違った。
 そのうち話は陛下にまで伝わり、彼女は生活の保証と引き換えに自身の持っている情報を明かすことになったのだ。自らの育ってきた国の政治体制や経済、産業がどうなっているのかを拙い言葉で必死に説明していた。

 陛下の命を狙う不届きものではないかという者もいたが、体が音素で構成されてないなんてこのオールドランドではありえないことだ。
 最終的には譜術も使えず危険はないだろうと、身分を隠して城で他のメイドたちと暮らすことになったが、なまえはそれに感謝していつもくるくると忙しそうに動き回っている。


「おかげでついにガイラルディアにも春が来たな。結婚式にはちゃんと呼べよ」「いきなりなにを言ってるんですか……」
「あんなに可愛い子を捕まえておいて、おまえこそ何を言ってるんだ」


 真顔でどうだと問われても、なまえのことは妹のような存在にしか思っていない。見知らぬ土地で頑張る彼女のことを応援する気持ちこそあれ、恋愛のそれで見たことなどない。
 なまえはたしかに自分によく懐いているが、それははじめて会ったのが俺だったからにすぎないし、面白半分に俺とのそういう噂がたてば彼女だって不本意だろう。


「そもそも俺は女性に触れないんですよ。結婚なんて無理です」
「なんだ、ガイラルディアは一生独身を貫くのか」
「いや……将来的にはしたいですけど……」


 それもこれもすべて自分の体質一つだと思うとすこしばかり情けない気もするが、こればかりはどうしようもないのだ。

 真意の分からない話に首を傾げていると、消えたはずの足音が再び聞こえてきた。それと同時に荒い息遣いも。


「あ、あれ?ガイさんと陛下、お仕事はよろしいんですか……?」


 向こうもこちらを見つけたのか、真っ直ぐにこちらへ駆けてくる。
 仕事があるから代わりに行ってもらったのに、結局陛下と立ち話をしていただけだ。これでは彼女に悪いことをしたが、なまえ本人は気にした様子もなく書類を差し出す。


「この書類で間違いないですよね」
「おお、迷わなかったのか。えらいえらい」
「なんとかこことガイさんのお屋敷は迷わず行けるようになりましたから」
「ならもしガイラルディアと結婚しても大丈夫だな」


 豪快に笑いながら、とんだ爆弾をひとつ陛下は落としてくれた。さっきまでの会話の流れから自分なら冗談と切って捨てられるが、真面目な性分ななまえは陛下の逞しき掌の下で顔を真っ赤に染めている。


「陛下、なまえをからかうのはそのへんで……」
「私なんかがガイさんと結婚なんて……!でも、そんな……嬉しいですけど私じゃガイさんに悪いですよ」


 では私はこれで。そう言い残してなまえは慌ただしく奥へ引っ込んで行ってしまった。
 途中、その体を引き止めようと自然と手が伸びたが、なにも掴めないままに自らの元にかえってきた。


「なまえもおまえと同じこと言ったな」
「…………………」
「なまえの顔、真っ赤だったぞ」
「…………………」


 妹のような、庇護の対象でしかないと思っていた。
 けど真っ赤に染められた表情を見た瞬間、その小さな体を抱き寄せたいと叶わない夢を見てしまった。
 ーー嬉しいですけどガイさんに悪いです
 その言葉は衝動的に放たれたのか、自覚済なのか。小さな妹だったはずの少女は、一瞬で自分の意識を持って行ってしまった。


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