"佐久間くん"が"次郎くん"に変わったのはいつのことだったんだろうか。
自分がそれに気づいたのはエイリア学園との騒動が終わり、一週間ほど経ってからだ。廊下で木野と話すよこうちの口からそう聞こえた。

ーー次郎くんがね、

一瞬誰のことか分からなかった。しばらくして帝国の佐久間のことだったと合点がいき、胸が苦しくなる。
よこうちと佐久間の間に何があったのか。知りたいけど知りたくない。相反する気持ちが頭の中でぐしゃぐしゃに混ざり合う。

まだ付き合ってはいないようだが、それでもその関係が前より近しいものになったことには変わりない。
そういえばよこうちの携帯に彼と写ったプリクラが貼られたのも最近のことではなかっただろうか。

よこうちと佐久間の関係に嫉妬する権利がないことは分かっている。
気になるならさっさと思いを伝えればいいのだ。よこうちが好きだと。答えがイエスにしろノーにしろ、何もしてない今よりは前に進めるだろう。

ーーそのときは私が止めてみせる。私が風丸くんを変えてみせる、絶対に。

エイリア石の影響を受けていたとはいえ、自分がよこうちを傷つけたのは紛れもない事実だった。なのに彼女はそんな自分を強い意思で迎えてくれた。
帝国と世宇子の試合を見て泣いていたよこうちと同一人物とは思えないくらいに変わった。ならば自分も、彼女の隣に立っても恥ずかしくならないように変わりたい。
もう二度とエイリア石のような力に惑わされないように。
それまで自分の気持ちは伝えないと決めた。話を先延ばしにしてばかりでよこうちには本当に悪いが、それでもこれが俺のけじめなのだ。

そんなときにFFIの日本代表になれるチャンスがやってきた。
好きなサッカーで世界一を目指せる、自分の力を試せる、自分が変われるその全てのチャンスなのだ。
選考試合に向けていつも以上にトレーニングに励んでいたとき、同じく代表候補に選ばれていた佐久間に呼び出された。あまり親しくない自分が彼に呼ばれた理由を考えるとすこしばかり憂鬱になる。


「俺はみきが好きだ。本人にもそれは伝えた」


だが佐久間から告げられた言葉はすこしどころではなく自分を憂鬱にさせた。


「…………それを俺に言ってどうするつもりだ」
「どうもしないさ。ただおまえに言いたかっただけだ。俺は二度とみきを泣かせない」


二度と泣かせないなんて、自分だって胸を張って言いたかった。誰だって好きな女を泣かせたいわけない。だけど今の自分にはその自信がなかった。
二の句が継げない自分に構わず、佐久間は好き勝手に言葉を続ける。


「俺はおまえに遠慮しない。何もせず、見てるだけのおまえとは違う」


宣戦布告のように見えて、それは未だに前進出来ていない俺自身への勝利宣言にも聞こえる。
佐久間も自分と同じようにエイリア石の誘惑に囚われていたことがあった。その誘惑に打ち勝ち、これから踏み出す自分とは違って、佐久間は既に一歩、いやそれ以上を踏み出したのだ。

両手を握り締め、返す言葉もなく地面を睨みつけていたら、佐久間はそんな俺に何を思ったのか静かに去って行った。


「俺だって……」


佐久間から自分はどう見えたのだろうか。思いを伝えることもせずに影から見ては嫉妬を繰り返す女々しい男に見えただろうか。
それでも、まだーー


「まだ、言えない……」

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