FFIの選考試合が行われているそのとき、私は教室で静かに授業を受けていた。もちろん見に行きたかったが、そのために学校をサボるわけにはいかない。
たまに窓の外に視線を投げながら、黒板の文字をノートに書き写す。

休み時間になると事情を知っている人たちが選考試合の様子を一目見ようと窓際に集まった。自分もその中に混ざろうとしたが、人波に負けてしまい結局何も見ることが出来ずじまいだ。
彼らのあげる声だけが試合展開を知る唯一の方法となってしまったので、大人しく席に座って耳を尖らせる。

私の隣にはつくしちゃんが座ってるが彼女は試合にはあまり興味がないのか、本を片手にまた違った話題を口にする。


「ねえ、知ってる?雷門さん海外留学したんだって」


賑やかな教室の中で、消えてしまいそうな声だったが、私の耳にははっきりと届いた。


「みき、雷門さんとよく話してたよね?詳しい話も聞いてるの?」
「…………うん、知ってるよ」


私が夏未ちゃんとその話をしたのは二日前。珍しく夏未ちゃんから呼び出された先で留学の話を聞いた。


「夏未ちゃんは……どうしてもやりたいことがあるんだって」


そのときのことを頭の中で静かに思い出す。呼ばれて行った喫茶店で、夏未ちゃんは素敵な笑顔でそう言っていた。しばらく帰ってこれないけれど心配しないでとーー。


「木野さんたちにはもう話したのだけど、よこうちさんとはタイミングが合わなくて呼び出したの……いきなりでごめんなさい。メールだけだと素っ気ないかと思って」
「ううん、直接話してくれてありがとう。海外留学なんて、寂しくなるけど頑張ってね」


言葉が終わると同時に手元のカップに視線を落とす。
土門くんと一之瀬くんがアメリカへ帰ってしまったのもまだ最近の話だ。そのうえ夏未ちゃんまで外国に行ってしまうなんて本当に寂しい。
だけどやりたいことの為にそれを決めた夏未ちゃんにはもちろん頑張ってきてほしい。


「大丈夫よ、私がいなくても。円堂くんにもよこうちさんにも支えてくれる仲間がいるでしょう?特によこうちさんには素敵な人もいるんだから」
「え…………?」
「あら、佐久間くんとはそういう関係じゃなかったの」


いつも上品な仕草な夏未ちゃんとしては珍しく口をぽかんと開けて驚くその様は、本当にそう思っていたらしい。慌てて簡単に事情を説明すると、納得したように頷いてコーヒーカップに口をつける。


「……夏未ちゃんは人を好きになったことがある?」
「あるわ」


即答。それも真っ直ぐと私の目を射抜くように見つめて。堂々と言い放った夏未ちゃんはどこかかっこよく見えた。


「私からしたら皆大好きで、恋っていうのがまだよくわからなくて……」
「よこうちさんはもし木野さんに困っていることがあると助けを求められたらどうするかしら?」
「え、それはもちろん話を聞いてお手伝いしますけど……」
「じゃあもし木野さんが一人で抱え込んでしまって、あなたに助けを求めなかったら?」


秋ちゃんがもし私に助けを求めなかったら、私は秋ちゃんが困っているということに気づけるだろうか。話してくれないということはそれなりに事情もあるのだろう。それに私じゃなくても秋ちゃんを助けてくれる人はたくさんいるだろう。いや、だからといって私は困っている親友に気づかずにいるままでいいのだろうか。


「今いろいろ考えたでしょう?そんな難しいことより先に体が勝手に動いてしまう、それが好きということじゃないかしら」


ーー記憶の奥深くまでどっぷりと沈みこんでいた私を現実に引き戻したのは、休み時間の終わりを告げるチャイムの音だった。

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