そこに見えたもの


「それで、預かったと?」
「だって校長の頼みだから。」
カウンター越しにスネイプ教授の相手をしながら私は注文書のチェックをしていた。
「今どこに?」
「ん?私の部屋だけど。」

校長先生にみぞの鏡を預かったのだ。別の場所に移す間、置かせてほしいと頼まれて。
「先輩は使ったことあるの?」
「・・・いや。」
「ですよねぇー、だって何人も虜になってるんでしょう?私耐え性ないからきっと負けると思う。」
「・・・だろうな。」
「いや、そこは否定するところでしょう、」
にこりともしない(されてもこまるけど)先輩は、いつものように意地悪だった。


「でも魔法って本当に面白いですよねぇ、ボガート見たら一番嫌いなものだし、みぞの鏡だと一番望んでるものが見えるって。」
「今更だろう、」
「いやぁ、興味深い。」
私はそう笑って「あ、ここにサインお願いします。」と羽ペンを彼に手渡した。

「そういえば、」
「なんですか?」
「ボガートが何に変わったか、お前は結局口を割らなかったな。」
視線を注文書に停めたまま、彼はそう言った。
「・・・何年前の話してるんですか。」
「もう10年以上前だろうな。」
真面目に返事しなくていいのに、と思いながら私は短く舌打ちした。
同級生に散々笑われた私のボガート。普段まったく冷静なレギュラスまで腹を抱えてひーひー言ってたもんだから、スネイプ先輩も興味を持ってしまったらしい。
「時効だと思うのならば教えろ。」
「いやですよ。っていうか、なんでそんなに知りたいんですか?ありきたりのものですよ?」
「ありきたりならなぜレギュラスがあんなに笑っていたのだ?」
「・・・・・さぁ?」
「なんだ、今の間は。」
「知りません!あ、じゃあこれ注文しておきますね!」
「こらっ、待て!逃げるなっ!」
「閉店時間でーす!」
ぐいぐい、と彼の背中を押して店の外に追い出した。


彼が帰った後で、私は自分の部屋のみぞの鏡の前に立った。
・・・カーテンも、外してみた。
そこに映ったのは。

「・・・・私、ドMになった覚えはないんだけどなぁ、」
鏡の中には、少しだけ意地悪な顔をしたレギュラスが、腕のなかに「ソレ」を抱いて、まだ学生の私を追いまわし、信じられないくらいに爆笑している若かりし頃のセブルス先輩がいた。
先輩があんな話するからだ。と、私は思わず苦笑いする。
今、私が望むのは馬鹿笑いできたあのころの自分なのだと、望んでも無駄なものらしい。
くだらないな、と思いながらも、楽しそうにしている二人を見て頬が緩んだ。
今も、十分たのしいけどね。
とりあえず、一番望むものであり、一番嫌いなものが夢の中に出てこないことを祈ろう。



一方その頃。
「知っているのか?」
「・・・ルーシュの嫌いなもの・・・いや、ボガートが何に変わったか、でしょう?」
セブルスは血みどろ男爵とまだそんな話をしていた。
スリザリン卒業生なだけあって、テオもセブルスも男爵とは何気会話をするのだ。もちろん、誰も見ていないところでだが。
「聞いても?」
「ウサギですよ。」
「ウサギ?」
すっかり気の抜けた声が、廊下に響いた。
セブルスは予想外の言葉に、気の抜けた復唱をした。そんなものの、何が可笑しいのだろうか、と考えているようだ。
その旨も、男爵に話せば彼は「テオが笑われたのは、ウサギそのものではなく、その他所の方でしょうな。」と言った。
「なんでも、子供のころにウサギに指を噛まれたそうで。『噛まないでっ!私なんか食べてもおいしくないから!食べたらお腹壊すから!』と必死にボガートウサギに土下座したそうですよ。」
「っ、」
思わず噴き出しそうになるのを堪えたセブルスに、男爵も少しだけ楽しそうに告げた。
「しかも、対処呪文で変身させた結果、現れたのがマウンテンゴリラだったそうで。」
「クッ、」
今度は耐えられなかったようだ。
肩を揺らして笑いをかみ殺すセブルスに男爵は「私が言ったとは言わないでくださいよ教授。」と空中で言った。

無論だ、と言いたかったが笑いをかみ殺すのに必死でそれどころではなかった。
これは、まずい。
あした品物が入っても、テオと顔を合わせられなさそうだ。
そう思った。

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