エイプリルフール

※ホグワーツはイースター休暇中設定。二人とも教員。



朝方、妻は大きな荷物を持って暖炉の中へと身をかがめた。なんでも、魔法史研究所での研修があるとかないとか。
「本当にごめんなさい、あとで埋め合わせはします」
どうやら、急な欠員の埋め合わせとして召集が掛かったらしい。朝早い梟の襲来に、彼女は顔色を失っていた。


今日は二人でロンドンにある洋菓子店でアフタヌーンティーを楽しむ約束をしていた。
ホグワーツもイースター休暇中だ。生徒との進路面談の続く中、久しぶりの休日だった。
無論、行きたいと言いだしたのは彼女で、そこの名物であるベイクウェル・タルトを数日前から心待ちにしていたのは知っている。
妻が「二人で」と願うことがなければ「ナルシッサと行ってきなさい」と言いたかったので、別段残念とも思わなかったが、申し訳なさそうな顔をする彼女にそれは言わなかった。

「帰りは?」
「レセプションパーティーがあるので、もしかしたら夜中になってしまうかもしれませんわ」
行きたくない、と顔に書いてある。

やれやれ、と思いながら「今日は君の実家の温室に顔を出そう。退屈はしない」と告げれば、やや安心したようだ。
「今夜はホグワーツへ?」
「ああ、明日の朝一で面談が入っている。君は荷物もあるから、今夜はここに戻ってきなさい。私も明日の昼にまた戻ってくる」
そう言いながらポン、と頭を撫でれば彼女は「わかりました」と言いながら小さく笑った。旅行用のマントの先まで暖炉に入れ、フル―パウダーを一つかみ。

次の瞬間には、彼女は炎と共に消えた。


「…まったく」
まだ時間は早いが、二度寝という気分ではなくなった。
ひとまず、義弟たちにフクロウを送ろう。



本当が嘘になった話



「休日に突然悪かった、…うん?」
義弟に案内されて、居間に通される。
しかし、酷い違和感にひくり、と表情が鈍くなるのを感じた。
妻の実家の居間が鮮やかなグリフィンドールカラーに模様替えされていたからだ。
(なお、通常時この家は基本スリザリンのシンボルカラーを用いている)

「何があった?」と本気で心配してしまった私をよそに、彼はシレッと義妹について「先々月から、騎士道精神に目覚めたらしいよ」とのたまった。
正直言って、居間のレイアウトも、この家の信条・理念もたいして興味がない。しかも、あの強気な義妹のすることに口を出すのも面倒だったので別段意見することは控えた。


昼食ができましたよ、と屋敷しもべが呼びにくるまで実験と読書と観察を繰り返していた結果、気づけば昼時。
なかなか唯意義な日だ、と思った。
しかし、ドアを開けた先には見慣れた空間が広がっていて…。

来た時には暗い赤だったカーテンは、黒と緑に変化し、ライオンが描かれていたタペストリーの中心がいつのまにか蛇になっていたのだ。
食事用のテーブルを見れば、義弟と義妹がそろっている。私が一瞬思考したのを見抜いたのか、彼女は「セブルス、久しぶり」とにんまり笑った。

「…グリフィンドールに鞍替えしたと聞いたが?」
「義兄さん、今日はエイプリルフール」
妻によく似た顔を、妻が絶対にしないであろう嫌な笑顔で彩りながら、彼女はそう言った。時計を見れば、確かに正午を越えていた。ネタ晴らしの時間だ。

「信じた?」
「どんな風の吹き回しかと思ったが」
「屋敷中が赤ばっかりで腹立った?」
すっかり敬いの心が、近親者へのソレになりかわった元教え子に、ため息を吐く。
「そんなことで一々苛立つほど若くもない。それに、君が嫁に行けばあながち嘘で終わらんだろう」
この家の長男がグリフィンドールの出身であることを考えればなくもない。

そうか、エイプリルフールかと納得し、テーブルにつく。こんなややこしい日に学校に残らなくてよかったと心から思った。と、同時に少し悪戯心が湧いてしまったのは仕方のないことだ。


「食事が終わったら、梟を借りても?」
そう尋ねれば、二人は「「いいよ」」と頷いた。

嘘を本当にすることができるのならば、また逆もしかり。


×××


フル―パウダーでスピナーズエンドに戻ったのは、大体夜の9時を回ったころだった。
研修のあと、レセプションでの挨拶まわりを驚異的なスピードで切り上げたのだ。
セブルスと行く予定だった店はさすがに閉まっていたが、その近くにある洋菓子店で包装済みのデコレーションクッキーを買った。

その時間を含めても、予定より早く帰れそうだった。
急いで家に帰って泊りの用意だけ済ませれば、ホグワーツに行けると踏んでいた。
どのみち明日の昼まで待てばセブルスがまたスピナーズエンドに戻ることは分かって居たけれども、休暇くらい一緒に過ごしたかった。
なんて、本人にいえばきっと笑われてしまうだろう。


しかし、足が硬い感触をとらえ、目を開けるとそこは無人のリビングではなく、温かい光のある場所だった。
セブルスが明かりをつけっぱなしで外出するとは考えにくい。
煤を払いながら暖炉を出れば「戻ったのか?」と階上でセブルスの声がした。

軽い足音と共に、セブルスが階段を下りてきて、私の顔を見て少しだけ眉を下げた。
「思ったよりも早かったな」
ただいま戻りました、と手を伸ばせば、セブルスは私を抱き止めてくれた。

「荷物を置いて、着替えてきなさい」
「あの、今日」
「話は後で」

ぴしゃり、とそう言ってセブルスは私に階段を登らせる。
むっ、とした表情に、機嫌が悪いのかと私は口を閉じた。
何か不都合でもあったのか、と少し心配になって慌てて部屋に荷物を押し込んだ。
コートやローブを脱いで、コットンの部屋着に着替える。
外出できなかったお詫びにと買ったクッキーも、渡せる雰囲気でなかったら困るなと苦笑した。

階段を下りると、セブルスがキッチンでお湯を沸かしていた。
どうやら紅茶を淹れてくれるらしい。
先にいっていなさい、と目で告げられて私は大人しくリビングのソファーで一息ついた。


セブルスに動いてもらうのは少し申し訳ないとも思ったけれども、ここは甘えておこう。
しばらくすれば、ティーセットをのせた盆がふわふわと浮かんでやってくる。危なげなくローテーブルに着地したその音を聞きながら、あとからやってきたセブルスを見て私は驚いた。
「なんで…」
今日、一緒にいく約束をしていた店のロゴマークの入った白い紙の箱。セブルスはそれを私に手渡した。


聞きたいことは色々とある。
「ホグワーツに行っていると思ってました」
「当初はそのつもりだったんだが」
セブルスはなんとも言えない表情でこちらを見ていた。とりあえず、といった様子で私の隣に腰を下ろして、今日あったことを教えてくれた。

実家での出来事を聞けば、あの子たちはまた馬鹿なことを、と思ったもののその流れで今日がエイプリルフールであることを思いだした。
どうやら、セブルスもその流れに感化されてしまったらしい。
箱を開ければ、予想通りベイクウェル・タルトがツーピース現れる。セブルスはそれを器用に皿にうつして、ポットからティーカップへと紅茶を注いだ。


「ケーキはまた後日。今夜は外泊。…それが嘘になってしまったわけですね」
「そういうことになるな」
しれっ、とそう言い放ったセブルスに、私は笑った。
そう考えると「今夜はスピナーズエンドにいろ」という言いつけに「わかりました」と答えながらもホグワーツに戻ろうとした私も、一歩間違えば嘘つきになっていたわけだ。


「愛ですねぇ」
のんびりと、タルトにフォークを入れながら笑えばセブルスは「何を言ってるんだこいつは」と言いたげな目で私を見た。
「嬉しい限りです。良い意味でサプライズですわ」
「お気に召していただけましたかな?」
少しわざとらしいセリフも、照れ隠しだろう。先ほど不機嫌に見えた表情もそういうことだ。
「とっても」
セブルスの鼻先にキスをして、笑う。

「仕事は?大丈夫ですか?」
「寮のほうはスプラウト先生に任せてある。昼のうちにフクロウを飛ばした」
「そうですか」
安心して相槌を打つ。


いつも追いかけてばかりなだけに、何かをしてもらうことがとても嬉しかったのだ。
こんな時間に、ティータイムだなんて!!と通常時なら憤慨するかもしれないが、夜遅いパーティーよりは何倍もマシであるし、嬉しさのせいでそんなことはどうでもよくなった。

「明日の朝、起こしてくださいね」
「うん?」
「一人でこっそりホグワーツに戻らないでください」
面倒な方法を選んでくれたのだから、それぐらいはさせてほしい。一緒に朝ごはんを食べて、コーヒーを淹れて、送り出すくらい許してほしい。
セブルスは「わかった」と確かにそう言って、私の髪を撫でた。

エイプリルフールも、悪くない。


END

(あ、クッキーを忘れてました)
(何だ?)
(約束を破ってしまったお詫びにと思って)
(今食べるのか?)
(さすがに今からは…明日のお茶請けにしましょうか)
(そうしなさい)


2016.04.02


prev | next
return
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -