小説 | ナノ

「潜……水艦?ですよね?」
 これから潜るのだということに公子が気づいたのは、タラップが目の前に下りてきたときだった。
「わざわざ潜水艦で移動するんですか?」
「厳密に言うと移動ではない。しばらくここで生活し、ここで次の論文も書く」
 もう戻ることは出来ないのだ。タラップは上がってしまったのだから。
「長期間における海底での調査のために、どれくらい人がここでの生活に耐えられるかというのを実験する。もちろん海底での採取も行う」
「あの、期間はどれくらいですか?」
「一ヶ月程度を予定しているが、辛くなったらすぐに言ってくれ」
「私何の訓練も受けていないんですけど、一般人が一ヶ月密閉空間にいるって耐えられるものなんですか?」
「一ヶ月潜りっぱなしというわけではない。そのあたりも経過を見ながらだな」
(そんな行き当たりばったりな……大丈夫なのかな、今度の仕事)

 後から送られてきた職務明細書を見ると、給与が破格だった。二十四時間が仕事のようなものだから、と言われたがなるほどこういうことか。
 狭い船内に、承太郎と公子の二人きり。完全に一人きりになれるところは二段ベッドとトイレと風呂だけだ。
 あれだけ巨大な作りではあったが、ほとんどがエンジンルームやらなにやらの制御室で、生活に使用する部分は本当にごく僅かなスペースしかない。
(こんなとこで一ヶ月も二人きりなんて……流石に疲れそう)
 何か仕事をせねばと思い立ちあがるも、しばらくはこの環境になれるために特に何かする必要はないと言われる。だからと言ってこのままただ座っているのも落ち着かないのでコーヒーでも入れることにした。
「あ。でも飲み水って貴重品ですよね。あまり消費しないほうがいいですか?」
「いや、海水を飲み水にろ過できる装置があるから気にしなくてもいい。電気も発電施設がある」
「それって……この船まさか原子力……」
「それ以上は言わない方がいい」
(なにそれこわい)
 まぁまさか国家軍力レベルの代物をいくら大手の財団とはいえ所有するなどできないはずだ。そういったところは深く考えないようにしてコーヒーを入れることにした。
(んっ?これ……私の好きな茶葉がある)
 コーヒーよりも紅茶派の公子は、茶器の入った戸棚の中にすぐその箱を見つけた。ここの製品はなかなかの値段だったと覚えているが、その隣においてあるインスタントコーヒーはスーパーで売っている安物だ。
「紅茶を淹れてくれるか?」
「博士も紅茶でよろしいですか?」
「ああ。君が以前飲んでいたのがいい香りだったから気になっていた」
 茶葉に熱湯が注がれると、森林の空気にも似たさわやかな香りが漂った。蒸らしている間に茶菓子を探すと、棚の中にぎっちりと詰められた箱を見つけた。
「あの……何か随分準備がいいですね」
「そりゃこんな娯楽もないような場所にずっといるんだ。こういった嗜好品は惜しまずに積んできた。余ったら研究室に持って帰っても構わないしな」
 事実、ここでの仕事はゆったりとした何もない時間を承太郎と過ごすと言っても過言ではなかった。たまに文書作成の手伝いをいつものように行う事もあったが、一時間程度で終わってしまう。

 あまりにも暇をもてあました公子は既に精神的にくるものがあったが、船に乗り込んでまだ一週間経っていない今日、弱音をあげることにも気が引けた。
(というか博士はいつもと変わらないなぁ)
 持って来た本も読み終えたのでいっそ海洋生物図鑑を端から端まで読んでやろうかと思い、簡易ラボの扉をノックした。返事はない。
「空条博士、入っても構いませんか?」
 やはり無言だ。相変わらず機械のたてる音だけが聞こえる。
(もしかして体調が悪いのかも)
 倒れていてはいけないと、公子はドアノブを捻った。が、カギがかかっている。
「……っ!」
 走って艦内を移動し緊急マニュアルを開く。地上への連絡の取り方、SOSの発し方、それらを探す前に、マスターキーが目に入った。とりあえずはそれを乱暴に取り外すと再度ラボの扉前へ走って行った。
 扉を開けると、公子の想像していた、陸地で見ていたラボとは随分違った光景があった。そしてこの艦内にまだこれだけのスペースがあるのかと驚く。
 本棚と壁際に設置された水槽。だがその水槽にいるのは研究用に飼育しているとは思えない色鮮やかな熱帯魚のような小魚だった。ランプも薄っすらとブルーを帯びており、ムードを演出する小道具に見える。何より、部屋の中央にはキングサイズのベッドがしわ一つないシーツをかけられて主を待っていた。
 承太郎は、机に突っ伏した状態で眠っている。特に汗をかいたり呼吸が荒かったりするわけではない。念のため脈を取るが異常はない。眠っているだけという線が濃厚だ。
(お昼寝か……)
「ん……公子……?」
(私の、名前?)
 普段は主人くんと自分のことを呼ぶはずだ。寝起き特有のその甘い言い方に、公子は眩暈を覚えた気がした。一歩下がろうとすると、大きな手がそれを阻むように公子の手首をとる。
「見られてしまったか。カギはかかっていなかったか?」
「マスターキーを使いました。返事がなかったので倒れているのではと思い、入室するべきと勝手に判断しました」
「いや、優秀な助手で助かる。ここを見られたのは私のミスだ。だがよかったのかもしれない。どう切り出すのか毎夜考えなくてすむ」
 承太郎は目を擦りながら軽く伸びをしてベッド代わりの机から立ち上がった。
「あの。この部屋は一体……?」
「ラボだ。海底における生活に人がどう影響を受けるのかを観察する。そのためのな」
「……実験器具が見当たりませんが」
「思ったより君は純粋なようだ。優しく扱わなければならないようだな」
「私は実験体なんですか?」
「ああ。そして、私もだ。逃げ場のない閉鎖空間で男女が二人きりになったときにどうするのか、君にも研究を手伝ってもらおう」
 捕まれた腕はどんどん力を込められる。振りほどくことはおろか振り回すことすら出来ないほどにがっちりと捕まれた手を引かれ、承太郎の胸元に頭を預ける形で倒れこむ。
「女性にも性欲はあるはずだ。君はこの数日どこで処理していたのか教えてくれないか」
 ハッキリとした単語を聞くことで、嫌な予感は確信へと変わった。だが腕は捕まれたまま。それにこの身が自由になったとしてどこへ逃げればいいのか。ラボと、リビングと、ベッドルームと、風呂とトイレ。これだけが今の公子の世界だというのに。
「私は風呂場で発散していた。君は?それとも数日程度なら耐えられるものなのか?ベッドでもそういったことをしている風はなかったし……」
「やめてください!急に何言い出すんですか!」
「仕事だ。引き受けて、くれるね?」
「文書の内容と違います」
「仕事内容は状況に応じて随時変更があると書いたはずだ。だから今君に了承を求めている」
「お引き受け出来ません」
「そうか。ならば、手荒に調べさせてもらおうか」
 ベッドに倒れこんだかと思うとその瞬間服のボタンが全て開いていた。
「えっ、なん……で……!?」
 そしてシャツが乱暴に剥ぎ取られたと思った瞬間、ズボンもおろされて下着姿で横たわっている。だがズボンを、いや、下半身に触られた覚えはない。いつの間にか消えているという感覚だ。
「なんで、どうして!?」
「時が止まったように感じたか?何か違うと思ったか?」
 優しい問いかけが逆に恐ろしくなり、震えながら首を縦に動かした。
「それもこの生活環境が与える一種の錯覚かもしれない。追記しておこう。いいか、君は、これから、私の言うことに従い、質問に答え、私のための食事とお茶を用意し、たまに論文のタイピングを手伝うこと。これが、君の、仕事だ。仕事だから、引き受けてくれるはずだ。違うか?」
「あっ……だ、だめです」
「否定は業務内容に入っていない。研究の遅延は認められない。ならば乱暴に調査するしかないな」
「いやっ……ち、違いませんっ。違いませんからっ……」
「ではまずは質問に答えてもらおう。君はこの艦に入ってから性欲を処理したか?」


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