小説 | ナノ

 深夜というにはまだ早い、午後十時の来訪者に公子は身構えた。ホテルの自室の扉をノックする音が異様なまでに怖く感じるのは、昼間戦った精神への攻撃の後遺症のようなものだろう。
「公子、私だ。アヴドゥルだ」
 だがこの声を聞くと、恐怖が嘘のように引いていき、温かいホッとする気持ちで満たされる。
「今開けます」
 扉の先にいるいつもの彼の姿を見て、公子の中にしつこく居座っていた不安が完全に拭い去られた。
 公子は、アヴドゥルに対して好意を抱いている。だがそれは燃えるような恋でもなければ激しい愛でもない。心に波風を立てることのない、優しい穏やかな気持ち。
「どうしたんですか、こんな時間に」
「いや。昼戦った敵は体にこそ傷を付けなかったが心理的に揺さぶりをかけてくるものだったから……まだ公子がそれを引きずっているんじゃないかと思って」
 公子が一番欲しているものを、察知して届けに来てくれる。そんな優しさに、公子は甘えていた。あえて気持ちを打ち明ける必要はない。この凪のような揺らがない関係を続けていければ満足だと。
「いや、本音を言おう」
 だがそこに唐突に吹いた一陣の風に、公子は不安そうにアヴドゥルの顔を見上げた。真剣な眼差しは冗談の類を言うような顔ではない。何か気に障ったことをしていたのだろうかと、またしても不安が込み上げてきたところを奪うように抱きしめられた。
「こうやって君を助ける役目を、仲間とはいえ他の男に譲ってしまったことを後悔しているんだ。君が嫌じゃなければ、このまま……いや、これ以上の関係を、結びたい」
 その問いに拒否の返答をする理由は一つもない。男女の仲になることに恐怖がないわけではないが、ここでこの腕を拒んで二度と触れられなくなることの方がきっと辛い。それに、どんな恐怖もきっと彼ならば一緒に乗り越えてくれる。
「私も、アヴドゥルさんのこと……」
「それから先はまず私から言わせてくれ。公子、君をずっと見ていた。好きなんだ……」

「でも、どうして急に……」
 服を脱がされながら公子は疑問を真正面からぶつけた。正直、アヴドゥルからすると今はカッコつけたい場面であるのだが嘘は一つでもつくと後々面倒になることはよく知っているので正直に答える。
「ポルナレフに嫉妬した。実は今日の敵がやられる直前の君たちを見ていたんだ。以前から馴れ馴れしく君に触れるポルナレフにもやもやしたものを抱いていたんだが、今日ではっきりとわかった。私は、表面こそ冷静沈着を取り繕ってその内面に汚い感情を燻ぶらせているんだ」
「汚くなんかないです。その、私の方こそ……そんな風に思われてたって知ったら、あの、嬉しくて……」
 下着にかけていた手の動きが止まる。クロッチの部分が染みになるほどに、公子はアヴドゥルを受け入れる準備が出来ていた。本音を言えば心の中ではずっと彼が欲しかった。けれども居心地のいい今の関係に終止符を打てず、淫乱な考えを燻ぶらせていたのは公子とて同じことだ。
「公子。すまない、我慢が出来そうにない。今すぐに入れてもいいか」
 それに言葉で返すのはあまりにも恥ずかしかったが、一つになりたいという同じ気持であった。顔を真っ赤にしながらこくんと頷く公子にまずは口づけをし、同じく体液を滲ませている自分のものをあてがった。
「痛いか?」
「少しだけ」
「もっと優しくしてやるべきだと頭では分かっているんだが……今まで君に他の男が触れてきた分を今取り返してやりたいと、感情が追い付かないんだ。君が私のものだと、実感したくて、求めてしまう」
 揺さぶるような激しい動きに、公子の口からは嬌声ではなく痛みの悲鳴があがる。だがアヴドゥルは動きを止めようとしない。
 普段真っ先に公子の体調や怪我を気遣うアヴドゥルが、己の欲望のままに、快楽を求めて擦り付けてくる。だがそれは単なる性欲の処理ではない。
「公子っ……公子っ……俺の……誰にももう触れさせない。俺の、俺だけの……っ」
 悲痛さを訴えるような切ない表情に、公子は痛みを忘れてアヴドゥルの瞳に釘付けになった。下半身が締まるのが分かる。それに伴ってアヴドゥルのものがさらに激しく脈を打つのを感じる。
 絶頂が近いことを悟った公子は、アヴドゥルの首に手を回した。
「ずっと、アヴドゥルさんのものです。あなただけの私でいさせてください。だから、あなたを私にください」
「ああ。君に……」
 公子の体内に注がれるはずのものは、薄いゴム一枚がそれ以上の侵入を塞いだ。引き抜いたそれを処理しながらアヴドゥルはため息をつく。
 自分がここまで独占欲の強い男だとは思っていなかった。早く、直接公子とつながって、自分の体液で内から汚してしまいたいと、今よりももっと先を考えるとまたしても下半身が固くなっていった。


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