小説 | ナノ

 私がスタンドの存在を認知したのは十一歳の冬だった。その日は兄の葬儀が執り行われており、兄の級友が涙を流す中に混ざっていた担任の男性教諭が焼香をしながら抹香を額に掲げていたときに、私は初めて姿を見た。
 スピーカーとマイクを内蔵した、簡単に言えば電話としての機能を持つそれは、強い思念を受信することができるようだ。私が兄の事故死を嘆く思いが、事故死に見せかけて兄を殺したこの男の汚い薄ら笑いを傍受させたのだ。
 それから私はこの不可思議な力を持つ実体のない生き物と共に兄の無念を晴らすべくヤツを嗅ぎまわった。と同時にこの能力をもっと深く知る必要があると判断し、子供ながらに研究と修行を重ねた。
 そして得た知識で、私の復讐の方針は固まった。この能力、思念を受信できるのは私だけではない。電話で例えるならスピーカーモードにすることが可能なのだ。だから私は、ヤツが顧問を務める野球部が甲子園に出場しテレビインタビューを受けているところでそれを使った。
 若い頃の顧問と似たスタイルながらも柔軟で将来性もある兄が、顧問の嫉妬を買い理不尽な厳しい練習を一人課せられたことや、その過剰な練習量が体罰にあたるのではないかと高野連にバレそうになると学校の外で兄を殺害したことを、会場にいる観客や球児たちはもちろん、マスコミの心の中にその悪行の声を届けた。
 あとは疑問に思ったマスコミが全ての真実を暴いてくれた。葬儀から半年経った夏、私の復讐は幕を下ろしたのだ。

 だから、まだ復讐の最中にいる彼の気持ちは、痛いほどによくわかる。それがスタンドを通して私の中に直接入り込んでくる。
 凌辱され殺された妹の無念を、ポルナレフはずっと胸にしまいこんでいる。



 ポルナレフは最近よく悪夢を見るようになった。服を引き裂かれ、雨水と泥で体を汚しながら必死に訴えかける。
「お兄ちゃん、助けて」
 だが伸ばされる手を掴むことが出来ない。二本の右手が妹を汚していく。
「ポルナレフ、大丈夫!?」
 妹の名を叫ぼうとすると、公子が自分の名を呼ぶ声で目が覚めた。
「なんか、すごい心の声が聞こえてきたから」
「あ……ああ、悪ぃ。起こしちまったか」
「それは大丈夫だから、ポルナレフの方こそ……汗すごいよ」
「いや、ただの夢だ」
「私のスタンドが自動受信しちゃうほど大きな心の声なんだよ。平気ですませられるわけないからね」
 冷蔵庫から水を取り出し、タオルと一緒に渡す。それから念のため、精神に介入するスタンド使いの仕業ではないかと疑って慎重に周囲の思念を探るがそもそもこの時間に起きているのは自分たちだけのようだ。
 水を飲んで一息ついたポルナレフは、タオルに顔を埋めて深く息を吐いた。あの夢に見た妹の苦しそうな顔がつらいのではない。妹と同じ年頃の少女を結果的に真夜中に叩き起こして世話を焼かせたことが情けないのだ。
 悪夢を見たと言えどそれは自分のメンタルの弱さが招いたことではないかと思うと、この状況を恥じた。
「すまない……部屋に戻ってもらって大丈夫だ」
「だから、大丈夫じゃないよ」
「大丈夫じゃないって……なぁ公子。お前今、夜中に男の部屋に入ってきてベッドの上によじ登ってるって状況分かってんのか?」
 そこまで言われて公子はハッとなる。おまけに恰好は非常にラフなものでブラジャーだってつけていない。
「……」
「な、なによ」
「いや」
 襲っちまうぞ、と言おうとして言葉が詰まった。襲われた妹の夢を見た直後にそういった冗談はどうも口にしたくないようだ。
(もしも、公子にシェリーのような不幸が降りかかったら……)
 きっと、もう二度と立ち上がれないだろう。復讐の炎すら消え、心の剣がポッキリと折れるだろう。
(俺はこの子をそんな目にあわせねぇ。どういった事情でこんな危険な旅を続けているのかしらねぇが、強い意志があって戦うのなら邪魔をしたくない。だから、俺が次こそは剣で護ってみせる)
 慌ててシャツの裾を引っ張る公子の姿に、シェリーが重なって見えた。いや、いまだけじゃない。何度か、何でもない日常の中で亡き妹の姿を公子の中に見る。
 そしてそれは、公子もまた同じことだった。普段からだらしない公子の面倒をよく見てくれた兄。公子に言わせれば、兄がそこまで手をかけるから一人で何も出来なくなったのだというところがあるのだが。

「公子、シャツの裾出すのか入れるのかハッキリしな」
「いれる」
「ぐしゃぐしゃってやるな!兄ちゃんに貸せ」

「公子ー、寝癖すごいことになってんぞ」
「ポルナレフはセット済みなのにスゴイ頭してるじゃん」
「俺のはおしゃれなの!!あーもう。俺のスタイリング剤貸してやっからよー」

 この想いは、失って尚温もりを残す家族への愛情なのだろう。男女のそれでは決してない。だが、家族に見るはずのものを、血のつながりのない、会ったばかりの他人に求めるのは、愛や恋だのといったものよりももっと危険な香りがあった。
 血も、時間も、公子とポルナレフをつなぐことが出来ない。二人をつなぐのは、喪ったという心の空洞と復讐の炎だけ。
 もしも二人が結ばれたら、空洞が埋まって炎が消えれば、この想いも消えるのではないだろうか。
 だから言えない。言わない。この気持ちの真実を確かめることはなく、蓋のついた箱の中で鍵をかけて飼いならそう。決して結ばれないことで、永遠に結ばれるなら。


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