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 敵の沈黙を花京院が確認し、戦闘は終了した。不意打ちを喰らった形であるが公子がもう少し用心していればこんな危機に見舞われることはなかったはずだ。怒られることが分かっている公子はさっさと皆の元に戻ろうと踵を返した。
「公子っ!」
 だが強い口調で足を止められる。分かっている。この先長い長いお説教がはじまることは何度も経験しているから。
「あれほど言っただろう、声をかけてくる人物には注意しろと!」
「でも困っていたらやっぱり見過ごせないよ。人を助けるための旅なのに、他の人を見捨てていくのは違う!」
「それで君が倒れたらどうするんだ!これは結果論で言うんじゃない。本当に困っている人であってもまずは僕に声をかけろ。君が一人で何とかしようと背負い込むのは美徳ではないぞ」
 よく、男は理論で女は感情なんていう心理のメカニズムを聞くが、今まさに二人はこれを体現していた。
 男の花京院は理論的に、女の公子は感情的に話を進める。男がよく言う女心が理解できないというのは、他人の感情などという到底理解できないものを理解しようとしているからややこしい話になるのだと公子は思った。
 花京院の言うことは理論だから理解できる。だがそれを踏まえたうえで、公子は感情優先で動くと言っているのだ。こうなった公子を止める方法はただ一つ。
「チームの足を引っ張ってでも優先することかそれは」
 人を助けても迷惑をかけているのであればその行動は諫められて然るべきである。これを言われてしまえば感情的にも理論的にも反論の余地はなく、袋小路に追い込まれた状態になってしまう。そして口論や議論をするうえでこういう風に相手を完全に追い詰めるのはよくないからだ。窮地に陥った鼠は、ことわざの通り追い詰めた相手である猫にさえも噛みつくしかなくなるからだ。
「悪かったわね!ごめんなさいね!また今度慰謝しますので今はほっといてくれる!?」
「どこいくんだ」
「言われた通り一人で行動しないからついてこないで!ポルナレフのとこ行く!!」
「あっ……」
 怒ってますと説明するような歩き方で足早に立ち去ってしまった。心配して探しに来た他のメンツと合流すると、怒り顔は急に眉を八の字の方向に変えてポルナレフの背中に蹲った。
「どうしたよ公子」
「ちょっと腰貸して」
「どうせ借りるなら胸にしておけ。この大きな雄っぱいはこういうときのために鍛えてんだから」
「私より大きいのがややムカつく」
「うふーん、女だったら超絶グラマーだったろうなぁ。なんせ俺だしぃ?」
「公子、せめて宿についてからにしなさい。男女が街中でそうするのはかなり目立つぞ」
「そうカリカリすんなよアヴドゥル。羨ましいと素直に言え」
「なっ!そんなわけないだろう!あ、すまん公子。君がイヤというわけじゃなくむしろ……あ、違う。違うんだ、えと……」
「フランス人に日本人にイギリス人にエジプト人。何もしないでも十分目立ってるからな」
「わし、アメリカ人」
「うるせー産まれはイギリスだって前言ってたろーが。顔がイギリス顔なんだよジョースターさんはっ!」
(俺は日本とイギリスのどちらにカウントされてたんだろう。じじぃそっくりだからイギリス寄りか?)
 あっという間に空気を変える、あっという間に気分を上げる。ポルナレフの自覚していない特技であると公子は思った。
 集団の中で不機嫌でいること自体がマナー違反だというのは分かっている。それをさり気なく、何事もないようにフォローしてくれる姿に、兄のような優しさが見えた。
(私お兄ちゃんいないけど)

 旅を続ける一行はとある街で足止めを喰らっていた。列車出発直後に駅についたようで、次の電車まで一時間以上あるという。しかも駅員が最後に、
「ダイヤ通りに動けば、一時間ちょい」
 という、最高に不穏なワードを残していった。
「結局待ち時間は?」
「二時間弱に10ドル」
「三時間に10フラン」
「四時間に100エジプトポンド」
 今日はここで宿をとるほどではないが、そこそこ空いた時間が出来てしまった。だが急に訪れた休息の時間をどう使おうかとじっくり悩む暇はない。
「俺はヤニの補給」
「私は医薬品の購入」
「わしはホリィの容体を聞きに電話とあとカメラでも買っておこうかの」
 やることが決まっている連中から次々に街の中へ散開していく。ここに来る直前に敵を倒したところだからしばらく襲撃はないだろうと個別行動にも誰も文句を付けない。
「しかし誰かが残ってた方がいいだろう。俺はやることねぇし、待ってるぜ」
「ポルナレフがいるなら私も残ろうかな」
「……僕はその辺りを見てくるよ」
 花京院は目的こそなかったがここから遠ざかるためにふらふらと歩きだした。普段からつらくあたっている自分と、どんなときでも甘やかしてくれるポルナレフ。公子がどういったリアクションを取るか想像に難くないからだ。
 花京院も去って二人きりになった公子とポルナレフは適当な段差に二人で並んで腰かけた。
「どうした、公子も好きなもん見てきていいんだぜ。それとも一人で出歩くのが怖ぇか?あ、単独行動したら花京院に怒られるんだっけか」
「ううん。今必要なもの揃ってるってだけだし」
 拗ねたように頬を膨らませるとプニプニとつついてくる。反対もつついてくれと逆の頬を差し出すとそちらもつついてくれる。
 ポルナレフとのコミュニケーションは心地いい。不機嫌になった理由をむやみに聞きだそうとせずにこちらの気がまぎれるように明るく接してくれる。
 このまま彼の優しさに甘えて嫌なことから目をそらしてしまうのも悪くない。そんな割と人間としてダメな発言をしたとしても、やはり甘やかしてくれるんじゃないかという期待が公子を支配した。
「私このままポルナレフの……」
 妹になっちゃおうかな、と言おうとして、それはさすがに言葉の選択ミスだと直前で声を飲み込んだ。
「なんだよ。俺のなになに?」
「えと」
 しかし一度出かけたものは完全に引っ込めることは出来ない。普段嫌なことは追及してこないはずなのに今日は何故だか気になるようで、その続きを引っ張り出そうと話題を返させてくれない。
「えーとね。か、彼女になっちゃいたいかもなぁ……なんて……」
 人の好意に甘えようとした罪悪感からか、結局似た意味の別の言葉をひねり出したのだがこれはこれで何か気まずい雰囲気になるのではと公子は言った後で固まってしまった。
「……マジ?」
「え?あ、あの……そ、そういう、感じじゃなくて、もっとこうふわっとした感じで取ってもらって……うん、その、ごめん!急に変なこと言った!迷惑かけた!」
「全然迷惑じゃねーんだけど」
「へっ!?」
「むしろ、お前がそんなつれぇんなら、彼氏っぽいことくれぇいくらでもしてやるし」
 いつものノリと圧倒的に違うのは、ポルナレフの視線。敵ですら常に真っすぐ相手を見て物を言うポルナレフが、頬を染め、向こうを向きながら、ぽそぽそと頼りない音量で自信なさげに言葉を紡ぐ。
 そのテンションが公子をよけい照れくさくさせてしまい、耐えきれなくなった公子はすくっと立ち上がった。
「やっぱおやつ買ってくる!」
 行く当てもないし街の地理も分からなかったが走り出した。まだ体を動かしていた方が幾分楽だと思った。
「うわっぷ」
 突然足が絡まって道のど真ん中で転ぶ。だが地面にぶつかる寸前に、体を太い手で引き揚げられた。
「どうしたんだ、公子」
「花京院」
「せめて前見て走れ。目の焦点がおかしかったぞ」
「あ……へーき」
「平気ではない。客観的立場から言う僕の言葉の方が正しいからとりあえず今あったことを正直に僕に話すんだ。ポルナレフはどうした、一緒にいたんじゃないのか?はぐれたか?」
 ポルナレフを探し出そうと駅方面に戻ろうとする花京院の裾を引っ張ってそれを止める。
「待って……」
「……ポルナレフとなにかあったんだな」
 その通りではあったが詳細を語ることは絶対に出来なかった。黙る公子を見て花京院は大きくため息をつく。
「彼、君には甘いからな。大方、それで図に乗って何かしでかしたんだろう」
「ち……」
 違う、とは言えなかった。そうかもしれない。ポルナレフの優しさに甘えていたからこそあんなことになったのではないか。自分の甘さが招いたことなのではないか。
 否定しきれない答えをまた抱え込んだまま、公子は黙ってしまった。
「また、結果が出た後に後悔するのか?僕はいつもそうなる前から助言をしていたつもりなんだが、君は全く聞かないからな」
「……ごめ」
「珍しいな。素直に謝罪が出てくるなんて。それともその場しのぎの方法でも誰かに入れ知恵されたか?もし本当に悪いと思っているんなら、これから僕言うことを聞いて行動しなよ。僕は間違わない。君を正しい方向に導けるのは僕だけだ。甘いことばかりで問題に蓋をするだけのポルナレフなんかより、僕を選べ」
「か……きょう、いん?」
 こんな時にだけ、優しい。ずるいとも思ってしまういつもとのギャップに、公子はまた足をもつれさせて転びそうになった。



「お前が困ってたらいつだって手を差し出してやるよ。立ち上がることが出来てもまだ怖いってんならそのまま抱きしめてやりたい。そういうのが一番困るって分かってて言っちまうんだ。でも、手をつないでくれるか?公子」

「困っている君を助けるという意味でなら、ポルナレフだって力になろうとしてくれるかもしれない。でも困る前に止めることが出来るのは僕だ。少し厳しく言っているように感じていたかもしれないけど、これからは僕についてくるんだ。いいね、公子。ほら、手」



私は、どちらの手をとればいいのだろう。
目指す場所は同じでも、二つの手を両方とることだけは、許されない。


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