小説 | ナノ

※キャラクターの過去ねつ造あり

 波紋戦士の悲願であった闇の一族の全滅とエイジャの赤石の死守を全うしたリサリサことエリザベスは胸中に複雑な想いを抱いていた。
 生きていたとはいえ、息子は片腕を切断することになり、仲間を二人喪った。ひとたび辛いことを思い出せば記憶は連鎖して暗い場所を刺激し、最後に思い出すのは幼少の頃自分を育て上げた父であり師であるストレイツォの顔ばかりだ。
「……」
「リサリサさまぁ」
 辛気臭い空気を吹き飛ばすのはいつも彼女だった。天然が過ぎてとんでもないことをやらかすことも多々あったが、そのマイペースにあてられると大概のことがどーでもよくなる。
 そんなスージーが珍しく不安そうな顔をしている。もう人類を脅かす柱の一族はいないというのに。
「戦いが終わったというのに、随分と張り詰めた顔をしてるから……」
 不安の種が自分にあったのだということをここでようやく理解し、そんなにひどい顔をしていたのかと思わず鏡を見る。そこに映るのは確かに、思いつめた沈んだ目をしたひ弱そうな女だった。
 そしてその後ろに、一転して満面の笑みで紙切れを持ったスージーがいる。
「じゃんっ!」
 紙切れはどうやらフライトチケットのようだ。
「あのですね。もう使命やなんやに縛られなくていいということでぱーっと女同士でお出かけしませんかっ!?」
「お出かけというにはずいぶんな長距離のようだけど。それにあなた新婚でしょ。ジョジョと一緒にいなくていいの?」
「いいんですっ!あんな街で出会う女の子を次々ナンパしちゃうような旦那さんはお仕置きです!それに、まだ新婚じゃないですよ。だから私たちの関係が義理とはいえ親子になる前に、素敵な主のリサリサさまとキュートな小間使いのスージーとしての、最初で最後の思い出を作りたいんです」
「……本当に、自慢の使用人であり、娘ね。あなた」

 二人が訪れたのはフランス、パリ。ここが花の都と称される理由は、世界遺産でもあるルーブル美術館や凱旋門を擁すシャンゼリゼ通りといった有名な観光地があるというだけではない。
 この歴史的価値のある街に住まう人々が皆、昨今の消費社会の目まぐるしさに囚われない、自立した人々ばかりだからというのも大きい。
 街を造るのは、そこに住まう人々である。百五十年近く昔に建てられた建造物をそのまま生活に取り込むのはかなりの不便を強いることになるが、パリ市民はその不便さすらも楽しみ、この街の住民ということに誇りを持っている。
 そんな人々が守り続けているからこそ、この街並みが維持できるのだろう。
 しかしリサリサにとっては少し複雑な想いのある街でもある。夫を失い、息子をスピードワゴンに預け、一人イギリスからイタリアへと渡る道中に立ち寄った、人生で一番孤独だった日々の一ページがここにあるからだ。
 しかし、悪いことだけではなかった。絶望の淵に立つリサリサの肩を掴んで、振り向かせた親友がここにいたのだ。
「リサリサ!」
 リサリサの名をそう呼ぶその声に、そのパンドラの箱の底にある希望の記憶が鮮明に蘇る。あのときはまだ子供だったから、声なんて成長して変わっているはずなのに。それでもハッキリと分かる。間違えるはずがない。
「公子!どうして!」
 横にいるスージーが鼻息を荒くしながら目を細めている。成る程、息子のジョセフを通じてスピードワゴンとでも接触を図ったのだろう。過去に一度だけ、公子の話を彼にしたことがあったはずだ。
「あなたも随分抜け目ないのね、スージーQ」
「なんのことですかァ?」
 公子はリサリサが三十二歳のときにパリで知り合った少女だ。当時リサリサは夫のジョージを殺した空軍将校に復讐を果たし、指名手配を受けていた。
 素性を隠し、国を超えて逃亡していたときにここパリで小さな子供と出会う。彼女が地元の地理を教えてくれたおかげで、しばらくの安全をここで確保することが出来たのだ。
 積もる話もあるだろうからと、スージーは先に一人でショッピングをすると二人から離れていった。服の趣味が合わないから先に自分の買い物は済ませておくなどと言っていたが、単純に気を使ってのことだろう。

「あのときの小さな子供が……それで、今は何をしているの」
「ふふっ」
「?」
 何をもったいぶっているのかと不思議そうな顔をしていると、公子はカバンから取り出したキャップを被ってみせた。
「じゃんっ」
 歯車のロゴが正面についたそれは、SPW財団の制服の帽子であった。
「女だから特別科学戦闘隊への配属は叶わなかったけど、これでも超常現象部門の一員なんだからね」
「……随分と変わった、いえ、成長したのね。公子」
「リサリサは相変わらずというより、変わらなさ過ぎて驚いてるよ」
 公子も成人して十年以上経つが、リサリサを前にするとあの子供の頃の日々に口調が戻ってしまう。それほどまでに二人で過ごした時間は濃密だった。何より、指名手配された太陽の力を持つヒロインという子供心をくすぐるリサリサの秘密を共有するのは、公子という平凡な人生の中にあまりに大きな刺激を残していったのだ。
「私、財団でずっとリサリサのことや波紋のことを調べて、私みたいな普通の人間でも吸血鬼に対抗できないか研究してたんだよ。リサリサ一人で、あんな大変な使命を背負って……なんとか力になりたかった」
「あなた方のサポートのおかげで、その宿命は断ち切ることが出来ました。お礼を言わせてちょうだい。ありがとう、公子」
「私の微力が届いたと思うと、それだけで嬉しいよ。それでね、宿命から解放された波紋戦士はどうするの?」
「え?」
「息子さんはさっきの彼女と結婚するんでしょう?リサリサは?復讐も、元凶も、波紋の力で倒すことが出来たっていうんならさ、次は何をするの?」
「そう、ね……。きっと、ヴェニスに留まることはないと思うの。息子の後を追うわけじゃないけど、私もアメリカに行こうかしら。英語も通じるし」
「よかった。まだ修行のためにチベットにでも行くとか言い出したらどうしようかと思ってた」
「でも波紋の呼吸は続けるわよ」
「呼吸といえば……吸い方もそうだけど吸う空気にも気を配ったら?」
 カバンからライターを出そうとしたところ、くわえたままのタバコにピッと指を当てられる。
「健康に悪いかどうかは、波紋戦士には関係のないことかもしれないけど……リサリサの髪は長いから匂いがうつるよ。ヤニよりこっちのほうがいい、絶対!」
 煙草を抑える指と逆の手で取りだした小さな箱は、香水だった。
「……あなたからプレゼントされるのは二回目ね」
「え?いや?あれ?何かあげた?」
「フフ。何でしょうね」



「あなた、警察に追われてるんでしょ。だったらエリザベスって呼んじゃ駄目よね。リズ……ベス……ううん。こんなんじゃバレちゃう。あ、そうだ!リサリサってのはどうかしら!?」


 あなたがあの時くれた名前を、沢山の愛した人たちに呼んでもらってるのよ。ほら、また一人。

「リサリサさまぁ、そろそろ食事にしましょうよ!レストラン、三人で予約してるんです!!」


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