小説 | ナノ

「公子、お前同性の友達いねぇだろ」
 ポルナレフが無礼をストレートに投げつけてくるのはいつものことなのでそこはあえて誰もつっこまない。気になるのは、その言葉のどこに根拠を見出したのかということだ。
 街中で次の足をジョセフとアヴドゥルが手配してくるのを待っている承太郎、花京院、公子は、話題をふってきたポルナレフに視線を向けた。
「だってよ。お前年上の男に従順じゃん」
「男女分け隔てなく年上の人物に敬意を払っているだけと言い換えた方がよくないか?」
「それが女からしたら尻尾振ってるように見えんだよ」
「男のお前が言っても説得力ねぇぞ」
「そこはまぁ、数々のレディたちと大人の関係を持った俺だからこその視点でさ。ま、君たちも彼女を作れば分かるサ」
(なんか無性に腹立つな)
「そう……なんですか?」
 よくわからないという風に公子は首を傾げた。その仕草にあざとさを感じるのだとポルナレフが注意するが、やめる必要はないという。
「かわいいから」
「はぁ……」
「う〜ん、そうやって無意識に男を誘っちゃう小悪魔な天使ってとこが公子の最大の魅力であり同性からやっかみを受ける原因だぜ。しっかしかわいーなー」
「ありがとう?ございます?」
 承太郎と同い年の公子は、高校生二人にだけタメ口である。幼馴染の承太郎に対しては普段通りで、初対面の花京院にも敬語で喋っていたのだが、年上だから僕の方こそ敬語にすべきと言われ「いやこちらこそ」「こちらの方こそ」の応酬を経て互いにタメ口で喋るようになった。
 だから年上にだけ敬語ということになっているが、本来は特別親しい間柄以外は皆敬語というのが正しい。
「特に日本人は顔が子供っぽいしよ。公子のこのほわんとした雰囲気が更に幼く見えちまうというか、つい助けてやりたくなるんだよな」
「まあ、その意見については全面的に同意しておこう」
「ねぇ承太郎。私そんなに子供っぽい?」
「逆に俺はガキに見られたことねぇからな。全員子供に見えるぜ」
 空条承太郎、一応まだセブンティーンなのである。
「おーい。列車のチケットを手配してきたぞー。あと四十分ほどあるから買い物とトイレは今のうちにすませておけよポルナレフ」
「なーんで名指しなんだよっ!」

 無事列車に乗ることができ、列車内で敵に襲われることもなく、一行はしばらく安堵の時間を手に入れた。
 街中などの人が多い場所の方が気が休まらないため、こうやって肩の力を抜くのは随分と久しぶりのような気もする。
「お茶をいただいてきました。皆さんどうぞ召し上がってください」
 車内で無料で飲めるお茶を人数分トレイで運んでくると、ポルナレフがうんうんと頷いている。
「これこれ。これだよなぁ。なーんも言わなくってもこういう気遣いが出来るのってさ、女はやっかみのネタにするけどやっぱ男なら嬉しいもんだぜー」
「なんじゃポルナレフ、男女問わずお茶を淹れてくれたら嬉しいだろう」
「かーっ、百戦錬磨のジョースターさんとは思えねぇな」
「わしはスージー一筋だからな」
「ありがとう公子。いただくよ」
「俺ももらうぜー。メルシー」
 しばらく皆で談笑しながら車窓の風景を楽しんでいると、ポルナレフが何かアヴドゥルにハンドサインを出して外へ連れ出した。二本の指を口の近くで動かす仕草はタバコを意味するのだろう。承太郎がポケットからライターを取り出そうとしたがポルナレフが目くばせでそれを止めた。
「仕方のないやつだな」
 メンバーからライターと思われている節があるが、アヴドゥルはそれに対して悪い気持ちにはならなかった。
 彼は煙草を吸わないが、火という役割で喫煙組の近くに行くことができるのは円滑なコミュニケーションに一役買っていると思うからだ。
「私もちょっと……」
 そのあとを追うように、公子もデッキへと向かった。

「ところでポルナレフ。あまり公子に女性的役割を果たすよう催促する言い方は控えた方がいいんじゃあないか。気を使えるのは女性らしくていいと言い続けることは、逆に公子に常に古くからの女性像を押し付けてしまうことになる」
「はぁ、鈍いね相変わらず」
 煙草に火をもらうと、空に向かって煙をフッと噴き出した。走る列車の上で吸っているからその煙はあっというまに掻き消えて、少し離れた場所で立ち聞きをする公子の元まで届くこともなかった。
「公子ががんばってお前さんにきゃわゆいアピールしてんのに何のリアクションもねぇから援護射撃してやってるだけだぜ」
「なに」
「あのな。下心のない親切ってのはない。誰かを喜ばせたいってのも立派な下心だ。喜んでいるというリアクションが欲しいってことなんだからな。あんだけ色々俺たちの身の回りの世話をするのは、お前に気に留めてもらいたいからなんだよ」
 どうやらポルナレフの方もこの話をするために承太郎のライターを断ってアヴドゥルをわざわざ連れ出したようだ。
「さすがにここまで進展なしだと公子が可哀そうでよ」
「……それはお前の主観だろう。彼女にそういった本心があるかどうかは彼女の口から聞かねば意味がない」
「だからこそ覚悟をしておけと言ってるんだ。じゃあもし公子が今ここで告白して来たらどーすんだよ!」
(やめて……)
 公子は急ぎこの場を立ち去るべきか否かの判断が遅れた。もしかしたら好きだと答えてくれるのかもしれないという甘い考えはない。だが、いまここでハッキリと聞いて自分の気持ちに踏ん切りをつけるべきじゃないかと悩んだのだ。
「……妹としか思えない」
 分かっていた。こういう人だと。だけど諦めきれず、見苦しく思えるほどに女っぽさをアピールしてきた。そうすれば、心変わりだってしてくれるはずだって。
「さあ、そろそろ中へ戻ろう」
 近づいてくる声にハッとしたが足が動かない。このままここでこの表情で突っ立っていれば立ち聞きしていたことがばれてしまう。はしたないと思われるよりも、アヴドゥルを困らせてしまうことの方が怖かった。なのに、立ち去ることも隠れることも出来ない。
「ん……おや」
「あっ……公子」
「あの……その……は、恥ずかしい話なのですが婦人用のお手洗いはどちらにあるかご存知ですか?」
「なぁんだ。トイレって言うのも恥ずかしいだなんて」
「いや、この場合迷ったことを恥じているだけだと思うぞ」
「どっちでもいいんだよ!」
「あっちだ。案内板の文字が読めるのは私だけだからな、案内しよう。ポルナレフ、先に戻っていろ」
「へいへい」
 当然デッキを目指して来たのだから、トイレとは見当違いの方向にいる。確かに案内板の文字は読めなかったが、トイレのマークというのは日本も中東もさほど変わらないからこんなところまで来てしまうことはないはずなのだ。
「……公子。さっき、我々がデッキでしていた話、聞こえたか?」
「……………………いえ」
「そうか。それならばいい」
(もっと。もっといい女になってから、告白しなきゃいけない。聞かなかったフリをできるくらいに。せめてこの涙を、一人きりになるまで零さないようにするくらいに)


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