小説 | ナノ

 二十近くも離れた私の旦那さんは、少々変なところがあるんです。
 歳の差婚なんだから様々な生活習慣の違いは他の人よりも多く圧し掛かるものだと覚悟はしていました。だけれど、私が想像していた苦悩は全くないかわりに、想像もつかないような驚きが毎日あるんです。
 例えば、今日みたいに連勤から戻って来たときなんか……

「おかえりなさい、承太郎さん」
「ただいま公子……今日何日だ」
「えっと、二日です。先月の二十日ごろから出ていたので大体二週間ですか。お疲れ様です」
 急いで彼のコートとカバンをとって風呂の用意をする。半分は欧州人の血が入っているとはいえ、疲れたときには熱い湯船に肩までつかるのが一番というのは私と同じ考えらしいです。
 替えの下着、タオルを用意して、ビールのグラスを冷凍庫で急いで冷やす。この短時間じゃ意味はないかもしれないけど、やらないよりマシかなと思って。
 いつもはニ十分ほどで出てくるのですが、こう、疲れてる日は倍の時間は風呂場にこもってます。それほどゆっくり湯船につかっているというわけではなく……。
「公子、空いたぞ。君も入りなさい」
「は、はい。いつものパターン、ですよね」
「ああ」
「あの、ビールグラス冷やしてます。まずは承太郎さんが疲れを取ってからにしてくださいね」
「疲れを取るのは、冷たいビールを飲むよりいつものアレをやった方が効果的なんだ」
「はぁ……」
 そう、このアレというのが、私の想像もしない彼のリラクゼーション方法なんです。
 年が離れているせいなのか、外国の文化に長く触れているせいなのか、どちらかはよくわかりません。いや、どちらのせいでもないような気もします。
「……きょ、今日は薔薇かぁ……」
 バスルームの扉を開くと、湯船一面に浮かぶ赤いバラがまず目に入りました。それに合わせて石鹸もピンクの花形のものが用意されています。
 そう、承太郎さんの疲れを取る方法というのは、逆に『人をおもてなしする』ことなんです。
 普通疲れたときって身の回りの世話を誰かに任せてしまいたくなりませんか?お風呂からあがると食事が用意されてて、食べ終わったら食器を片付けてくれて、自分はゴロンと横になるだけ、みたいな。
 でも承太郎さんは逆なんです。私に誠心誠意尽くすことが、癒されるようで。
(前はシャンパン風呂だったけど……)
 わざわざ私が承太郎さんのために張ったお湯を一度抜いて、掃除してから湯を溜めなおす。そして自分も身ぎれいにしてから今度は部屋の方で準備をしてる……と思います。
 今こうやって私が入浴してる間、きっと部屋を掃除しているんでしょう。それが終わったら一人分しか作っていない夕飯を保存容器に移して冷蔵庫に入れて、二人分買って来たデパ地下のお惣菜を綺麗に盛り付けてワインの準備をしてるはずです。
 そして風呂から出たらまずこう言うんです。
「君の料理が気に入らないわけじゃない。一人分しか用意できていなかったから、明日の朝食に回してもらってもいいかな。代わりに買って来たもので悪いが準備をさせてもらった」
「構いませんよ、ありがとうございます」
 それから食事の際も、ワインをサーブしてくれて片付けから食器洗いまで全部してくれます。不思議なことにいつもはこれらをめんどくさがるんですが、疲れてるときに限ってやりたくなるみたいなんです。
 そして、サービスはこれで終わりではありません。
「今日は爪を切ろうか。伸びている」
「は、はい……」
 この前は耳かきでした。その前はマッサージ。最後に私の体を手入れすることで、完璧に満たされるようなんです。
「左から」
 私の手を取ると薬指につけてある指輪に口づけをしてから爪を切り始めます。こういうことをさらっとやって似合ってしまうほどにカッコイイ旦那さんに、照れずにはいられません。顔を真っ赤に染める私を見てクスッと意地悪く笑う表情までカッコイイのだからずるいです。
 切るだけじゃなくてやすりで形を整えます。それが終わると今度は右。両手を終えると手を前に出すように言われ、ピカピカになった爪をよく見えるように差し出すと満足そうに笑います。心なしか彼の肌もツヤが戻って来たような。
「あの、毎回ありがとうございます……」
「まだ終わってないぞ」
「え」
「足がある」
「あ……」
 そう言いながら既に承太郎さんは跪いています。子供の頃に読んだ絵本の中の王子様だけがするようなそのポーズに、私は更に余裕がなくなって思わず顔を背けてしまいました。
 その様子を見てまたクスクスと笑う声がします。何か言ってやろうと思いましたがこの恥ずかしいポーズを直視できなくて私はされるがままに彼に足を預けています。
 この姿勢、まるで女王様のようです。足を浮かせておくのはつらいからと、足を組むような恰好をさせられているんです。
「反対」
 最後に左足の爪にとりかかります。足を組み替える際に下着が見えないように必死にスカートを抑える姿がおかしかったのでしょう。またしても笑いだしそうな彼をにらみつけると悪かったというふうなジェスチャーを取り、今度は足に口づけをします。
 きっと分かっているんですね。こんな風に私が照れるようなことをしたら、悪態をつかずに顔を真っ赤にして何も言えなくなることを。
 でも私だって分かってますよ。普段は「おい」だの「茶」だのと人を顎で使っておいて、時折こんな風に大げさなまでに尽くすのも、普段の私の気遣いを分かってるからこそしてくれているんですよね。


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