小説 | ナノ

 時代も変わったものだ。自分たちが高校生だったあの頃、エンタメの情報源はほぼテレビ番組で、そのカメラを独占していたのは松田聖子や光GENJIといったアイドルたちで、今や彼らも立派な大人になった。
 自分たちが、いつまでも変わらないはずがないのだ。鏡に映った自分の顔を見て、四十代になった公子はため息をついた。別に老けたくないわけではない。老化を止めたいなどと夢を見ているつもりもない。そう、そんなことはできるはずないのに……。
「JOJOってば高校生の頃から全然変わってない〜!」
 化粧室から出てきた公子は、相変わらず女性に囲まれてうんざりとした顔をしている承太郎を見て奥歯を噛んだ。彼女たちの言う通り、彼だけが十代のあの頃のままの顔なのに苛立ちを覚える。
(あの男がスキンケアをしてるとは到底思えないわ。私でさえかなり色々やりこんで、まだギリギリ三十代前半に見えるくらいにキープしているのが限界だってのに)
 まあ承太郎の場合十代のころから十代の顔ではなかったのでそれは仕方がないのだが。そんな元老け顔、現若作りの彼がこちらに気づいて顔を上げた。
「主人。覚えてるか、わた……俺だ。空条だ」
「まあ忘れるにはあなたインパクト強いから覚えてはいるけど」
 久々の再会の態度は、かなりの塩対応だった。

 今日はホテルのフロアを貸し切っての同窓会である。四十代ともなればそれなりに会費をとってそれなりのところでやることになるのでそれなりの格好をしてここに来たつもりだ。
 若々しさを若作りに見られない程度に落ち着いた色のドレスにナチュラルめのメイク、そしてワンポイントにトップの大きなネックレスをつけていた。
 胸元に一番派手なアクセサリーを持ってきたのは理由がある。指輪を派手にすると、左薬指が空いていることを突っ込まれそうだからだ。
「久しぶりだな」
「そうね。あなたの成功は新聞やネットで見かけたわ。お忙しそうなのによく来れたわね」
 実は今日、幹事に事前に承太郎の出欠を確認してからここに来たのだ。欠席になるかもしれないと聞いていたから安心して会場に来たのだが。
(まあ、かもしれない、だからね)
 承太郎がレセプタントからシャンパングラスを二つ受け取り、一つを公子に渡す。不思議そうな顔をしてそれを一応受け取ると、承太郎が自分のグラスを前に出してきた。
「何も飲み物をとっていないようだから」
「ああ、ありがとう」
 その仕草が乾杯を求めているのだと気づいて、こちらもグラスを傾ける。小さく高い音がして、二人はグラスを煽った。
「主人は今、何の仕事をしてるんだ」
「人材派遣会社に勤務してるわ」
 一気に残りのシャンパンを喉に流し込むと、公子は片手をあげてその場を立ち去った。あれだけ数多くの女性に囲まれながら何故自分に話しかけてくるのかと、うんざりした気持ちがそのまま顔と態度に出ていただろう。
 公子が承太郎を避けているのは理由がある。
 学生のころから当時にしてはかなり珍しいキャリア志向のあった公子は、高校も名門校を希望していたのだが家庭の都合でどうしても家から通える範囲と限定されてしまった。
 こんな小さな、しかも不良がたむろっているような場所で勉強など……と、クラスメイトどころか教師までをも馬鹿にしていた公子であったが、とあるテストで学年一位の座を承太郎に明け渡してしまう。
 それから一方的に承太郎をライバル視して勉強に打ち込んだのだが、卒業までに順位を覆すことはなく、以降大学も卒業後の名誉や社会的地位もすべてにおいて後塵を拝むこととなった。
 だから嫌い、ということではない。だから合わせる顔がないと言ったほうが適当か。しかしその合わせる顔は承太郎に対してではなく、他の元クラスメイト達にだ。
 自分がこの中で一番出世し、自分がこの中で一番年収を稼ぎ、自分がこの中で一番羨ましがられる存在でなければ矜持が許さない、といった、かなり高慢な性格なのをきちんと自覚している。だからこそ、何もかも自分より上のこの男が許せなかった。
 ただでさえ自分はこの歳で独身である。それも負い目となり、公子は勝手に惨めな気持ちになってしまうのだ。

「相変わらずの性格だね、公子は」
 そんな性格を理解したうえで友人関係でいてくれる変わり者もいる。この会場の華となることをあきらめた公子は彼女と一緒に食事と酒を楽しんで時間をつぶすことにした。
「許せないのよ。一番以外で納得するってのが」
 だからといってこの友人を見下しているわけではない。むしろ自分が一番以外許せないからこそ、一番じゃなくてもいいという人間とは相性がいいと思うし、そんな考えができる他の人々を羨ましくも思う。
「でも四十になるまでがむしゃらに働いても何になるんだろうって虚しさが込み上げてきたわ。結局年収にしたってアンタの旦那以下なわけだし、人材育成をして若者と社会の役に立つっつったって世の中のお母さんの足元にも及ばないわ。今まで行きたい学校に行かせてくれなかった両親を恨んだりもしたけど、人を一人育てるって思った以上に大変なのね」
「あら意外としんみりしちゃって」
「私は正直アンタにも完敗してるわ。アンタ、私以上の男と結婚して、人材育成を0歳からやってのけてるんだからね」
「そんなのは人それぞれの価値観……なんて慰めが嫌いなのは知ってるから取り消すわ。だからその歪んだ人生の道筋をあえてそのまま進ませるようなこと言うけど、公子が今すぐ結婚して旦那さんとの年収を合わせたらウチの世帯収入をはるかに超えるわけじゃない」
「アタシが結婚できると思う!?この性格よ!」
「大声出さないの。今から会場抜けちゃう?」
「イヤよ。尻尾巻いて帰るみたいで」
(我儘ー……)

 友人がトイレへと席を外すと、そこを狙っていたかのように承太郎が隣へとやって来た。ここまでされれば確信する。この男、自分に何かしら用事があるのだ。
「何か?」
「さっきは途中で抜けられてしまったからな。お前が空くのを待っていた」
 承太郎のしゃべり方は高校生のころそのままだった。ぶっきらぼうで、不愛想で、以前テレビで見たときのインタビュー映像の口調とは全く違う、不良番長そのも。
「ずっと傍にいたの?」
「ああ。だから話が聞こえてきたんだが……お前、アイツの旦那の年収知ってるか?」
 承太郎が指さしたのは学生時代のころから派手だった女性だ。高校二年生まではJOJO−っと黄色い声を上げていたが、三年生の頃に知り合った自称大学生実業家とお付き合いを始めたのをきっかけに、そこからどんどん金持ちとの人脈を広げ今やどこぞの大企業の取締役である十以上年の離れた旦那がいるとか。
「正確な年収は知らないけど財閥系企業の取締でしょ?まあざっと……役員報酬だけでも八桁到達は余裕でしょうね」
「お前の理屈だとアイツに負けてるってことか?」
「ええそうね。それだけの人間に自分を好きになってもらう、彼女自身の能力に負けたってことよ」
「だが世帯年収で考えれば勝ち目はあるんだろ?」
「世帯なんてものを持てればね」
「お前は負けが嫌いな女だったはずだ」
「それと同時に目的がよくわからない人も嫌いよ。味方のふりして近づいてきた人間って今までに大勢いたわ。そうやって父を借金まみれにした自称大親友とかね」
「……相変わらずの物言いだな。それより、お前が本気で勝ちたいと思ってんならいい取引がある。俺は別にお前の敵じゃないが味方でもない。ただ利害が一致する」
 利害の一致。公子が好きな関係性である。もうこの年齢にもなれば友達を増やせるなんて思っていないし、下心で近づいてくる男も出てこない。こうなると友好的な関係を結ぶにはこの利害の一致している人間というのが一番扱いやすいし向こうに気兼ねされることもない。
「俺とお前の年収を合わせればまあ、なんとかなるんじゃあないか。お前の年収を知らんから絶対とは言えないが」
「で、それって空条君が何か得することあるの?」
「好きな女と結婚できる」
「例えあなたが未婚だったとしても信用しない言葉だと思うわ」
「もう俺は独身だ」
「でも元奥さんよりも私のほうが先に出会ったわよね」
「何だ、俺と元妻との馴れ初めが聞きたいのか」
「聞くだけ無駄って意味で言ったの」
 そこにトイレから友人が戻ってくる。彼女のほうへと小走りで逃げる公子を捕まえる言葉が見つからず、またうんざりとため息をついた。
 学生の頃はキャリア志向の彼女に釣り合える程の素行ではなかったため、せめて成績だけでもと頑張っていたあの頃と、何も変わらない自分の不甲斐なさへのため息。
(だからといって二十代のあの時に結婚していなければ、前の妻の助力がなければここまで社会的に成功できていなかったし、第一徐倫がいなければプッチに殺されていた。結婚を悔やむわけではないが……)
 あのセリフは、独身をずっと貫いていればその誘いに乗ったのに、というかわいい嫉妬の返答なのかと思うのは、自分の高慢だろうか。だがそのくらいのほうが、高慢同士釣り合うのかもしれない。


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