小説 | ナノ

 住みたい街、オシャレな街、デートしたい街。


空条承太郎×吉祥寺


「主人。明日空いてるか?」
 この一言を口にするのに何ヶ月かかっただろうか。俺はガラにもなく手に汗を握って返答を待った。
「明日は練習試合があるから無理だな」
 終わった。
「明日何かあった?」
「いや、何もねぇ……」
「じゃあ来週だったら?よくわかんないけど来週の土曜は暇だけど……」
「ならちょっと付き合ってくれねぇか」

 周囲がやけに騒がしい。俺がついに女にまでケンカを売るようになっただなんだと喧しいが、俺の言う付き合ってくれ=場外乱闘ということになっているらしい。主人からも、
「まさかケンカに付き合えってことじゃないよね?」
なんて聞かれたもんだから、本当のことを言うしかなかった。
「いや、井の頭公園に、遊びにでもと……」
「ふーん。集会とかじゃなきゃ別にいいよ」
「俺は族はやってねぇぜ」
「一匹狼だもんねぇ。でも尚更なんで私と?」
「……お前が気になってるからだ」
「……左様で」
 これはもう告白したようなもんだろう。主人も何ともいえない顔でぼーっとしてるが俺の言いたいことは分かってるはずだ。

 当日。俺はJRで、主人は京王井の頭線で駅までやってくる。でけぇ猫カフェの広告の下で、相当そわそわしながら待ってる姿が見えた。向こうも人ごみの中からすぐに俺の姿を見つけ、手を振る。まぁ俺の頭が飛び出してるから見つけやすいんだろうな。
「いくか」
「うん」
 駅を出たすぐの道は小さい割りに車どおりが結構ある。俺が車道側を取ると礼を言われた。わざわざ礼をするほどのことでもないと思うが、こういうきっちりしているところは恋愛感情抜きにしても好感が持てる。
 そう、俺はこいつのことが好きなんだ。先週教室でそれを言ったようなものなんだが、こいつからのリアクションはない。どうなってんだ。
「主人、昼飯食ったか?」
「まだ」
「じゃあ公園で食うか。コンビニ寄って何か買ってこようぜ」
「あ、じゃあ公園近くの焼き鳥やさん行きたいな!」
「結構オヤジみてぇな味の趣味だな」
「お、おいしいじゃん!」
「じゃあやっぱコンビニでビール買ってくか」
「うん……え?」

 土曜日の井の頭公園ってぇのがまさかここまで人がいるとは思ってなかった。何があるわけでもない、ただのデカイ池のある公園だ。何が楽しくて濁った池の周りを歩き回るんだと思っていたが、実際やってみて分かったことがある。楽しいかどうかは一緒に歩く相手が誰なのかによるってことだ。
「大道芸やってる。すごい」
「見ていくか?」
「うん。あ、空条くん何か用事あるんじゃないの?時間平気?」
 その用事は現在進行中なんだが……こいつは人のことをおちょくってんのか?
「いや、見ていこう」

 昼食もすませてまた公園をぶらぶらしてると、水鳥を飼育しているスペースを見つけたので見学することにした。
「この半券があったら動物園の方もいけるんだよ」
「動物園?」
「知らない?ここからちょっと歩いたところにあって、象もいるんだよ」
「知らなかった」
 そもそも武蔵野市まで来る用事がないから吉祥寺も初めて来た。ガキの頃に来たかもしれないが、記憶に残ってないほど昔のことだ。
 そんな場所を何故デートに選んだかというと、世論というやつだ。俺の行動範囲といやぁ家と学校の往復以外は衣料品店と海と本屋と……あとはバイク転がす道くらいだ。どれもこれも女にとっちゃ退屈だろう。
 逆に女はどういう場所が好きなのか、俺は今まで考えたこともなかった。映画か?遊園地か?甘いものを出すような店か?全く見当もつかないままとりあえずその手の雑誌を読むことにした。そしたらまぁどれもこれも口裏を合わせたように言いやがる。「吉祥寺」だってな。

「ほらー。はな子っていうんだよ。はな子ー、こっちむいてー」
 象の名前らしい。聞こえてるかどうかはしらんが、象ってやつはかなりの高い知能を持つ動物だ。サーカスで芸を披露したり筆を鼻で掴んで絵を描くくらいにはな。だからなのか、主人の「こっち向いて」に応えるようにくるりと反転して顔を見せる。
「よしっ。次はリスの小径いこ、リス!」
「妙に元気だな」
「あ、バレた?動物園好きなんだよねー」
「ここは何度か来たことあるのか?」
「うん。ウチ、井の頭線沿いだからね。庭みたいなもん」
 マジかよ……。まさか相手のフィールドでデートするとは。引っ張ってやったほうが男らしくていいとは思っているが、難しそうだな。
「ここのリスの小径はね、大型のケージにリスを放し飼いしてるんだよ」
「ケージに放し飼いって矛盾してねぇか?」
「うっ。それはまぁ、私の日本語がちょっと不自由なアレで……」
「わかったから無理に喋るな」
「今すごいバカにしたでしょ!」
「違う。今だけじゃない」
「そうそう。違うってなんなら別に……ん?」
 そのリスのなんとかってやつに着いてなるほどと思った。確かに、大型ケージに放し飼いされている。
 脱走防止用の二重扉をくぐると、最初は動物なんていない小さな森のような景色だったが、よく視ると小さい影があちこちを走り回っている。
「あ、空条くんストップ」
「?」
「うーごーかーなーいーでー……」
 主人は慎重な動作で携帯を取り出し、何を始めたかと思ったらシャッター音が聞こえた。
「よしっ!ばっちし!」
 画面を俺のほうに向ける。そこに移っていたのは俺と、俺の肩に乗っかっているリスだった。
「人懐っこいでしょー。この間私のポケットにクルミを隠す子がいたんだよー」
 相手のホームでどうのこうのとさっき思ったが、そんなことはどうでもいい。こいつが好きな場所で好きなことをしていて、その隣に俺が立っている。それだけで別にいいんだ。
「なぁ、そろそろ返事きかせてくれよ」
「返事?」
「教室で言っただろ」
「……?今日暇かどうかってこと?」
「んなもん目の前にいるのに聞いてどうすんだよ」
「え、他に何かあったっけ?」
 これは正直ショックだ。相手にすらされてないというか。
「だから、お前のことが気になるって話だよ」
「あー。いや、でもそれに返事ってどうすればいいの?そうですか、としか言いようがなくない?」
「……分かった。俺が悪かったようだ。ケージに放し飼いするような日本語の不自由なアレな女にこの言い方だと伝わらないのも当然だな」
「ひどっ」
「わざわざ休みの日に誘って出かけるような相手だぜ。気になってるのはつまり……お前が好きだってことだよ」
「……」
「勘違いしているようだから先に言っておくがlikeじゃない、loveの方だ」
「……あ、はい。えと、じゃあ……よろしくお願いします」
「俺も日本語が不自由なアレのようだから、ちゃんと言ってほしいもんだな」
「わっ、私も空条くんのこと、気になってます……じゃなくて、好きです!」
 この一言を聞くのに何年かかっただろうか。俺はガラにもなく手に汗を握っていた。


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