小説 | ナノ

 日本文化に興味のある方だから、下町を案内すると喜んでくれるかもしれない。


モハメド・アヴドゥル×墨田区


 観光のため一週間近く日本に滞在するというアヴドゥル。ジョセフとポルナレフは日程の都合でもう少し遅れてからの来日予定で、しかも平日は学生組みは学校。イギーはジョセフが連れて行くと言ってはいたが、同じ相手に二度捕まるようなヘマはしないだろう。
「空いた日は一人で観光しようとも思っていたが、公子が付き合ってくれて心強いよ」
「いえ。仕事も休みでしたし(有給)。私もどこか出かけたかったし!」
 今日のために気合を入れて買った服、普段はあまり使わない女性らしいピンクのコスメ、そして何日も練習したヘアセット。今日の公子は上から下まで正に完璧だった。
「じゃあ行きましょうか。まずは電車に……アヴドゥルさん?」
「あ、いや。旅をしていた間と随分服装や格好が違うものだからつい……じろじろ見てしまってすまないな」
「そんなに違います?」(そりゃ変えましたから!)
「あぁ。普段から女性らしくはあったが……今日は女の子らしいな」
「あっありがとうございます」
 滞在しているホテルから最寄のJRの駅に入り、二人は両国を目指した。西口改札を出れば目の前に両国国技館が出迎えてくれる。
「おっ、これはアレだな。スモーの試合会場!承太郎が言っていたぞ!」
「そうですそうです。他にもライブやイベントの会場としても使われるんですよ」
 むしろ相撲にはあまり興味がない公子はここが相撲の聖地ということを今の言葉で思い出した。国技館内は今日は用事がないので、外観を熱心に写真に収める。
 そのまま道沿いに歩くと江戸東京博物館の展示の看板が見えた。今回の目当てはこれである。
「今日は日本のお城の展示物が多いみたいですね」
「江戸城……日本の王が住んでいたのか?」
「王?っていうのかな?徳川家康っていう武将?大名?が確か住んでて……あれ?」
「四百年以上も昔のことだ。詳しい説明を求めても人に話すのは難しいだろう。よかったら私と一緒に解説を読んでもらえないか?」
「もももちろんです!」
 言葉に詰まる公子に優しくフォローし、コンテンツを共有してくれる。こういったさりげない優しいところに公子はどうしようもなく惹かれているのだ。
 旅の途中でも似たようなことがあった。徒歩移動の際は体調の変化に素早く気づいてくれたし、自分が疲れたから休息をとろうと申し出てくれた。他にも気づいていないが誰かを気遣ってしてくれたことはたくさんあるはずだ。
「江戸時代というのは日本の現代文化の礎となった時代だったのだな。この時代に生まれたものが今尚現代に生きているのは素晴らしい」
「日本のこと褒めていただけると私も嬉しくなります」

 昼食は寿司にしようと思っていたが、それは他の海外組が来てから一緒に食べることになった。ポルナレフに涙巻きを食べさせるのが楽しみで仕方がない、とアヴドゥルはいたずらっぽく笑った。
「じゃあ今日はせっかく両国にいるからちゃんこ鍋にしましょうか」
「ちゃんこ鍋?」
「力士の食事ですよ」
 魚を中心としたちゃんこ鍋を注文する。が、アヴドゥルは小鉢の漬物のほうが興味をそそるらしい。
「これはトルシーか?」
「トル?えっと、お漬物ですね」
「うむ……味が大分違う。漬け込む調味料の違いかな。それにみずみずしい」
「アヴドゥルさんって色んなことに詳しいですね」
「そうかな。まぁ職業柄といったところかな。占ったり結果を話すよりも、人の話を聞く時間の方が長かったりするからな」
「え、意外」
「話を聞くのも仕事の内さ。あ、それが嫌だという意味じゃあないぞ。悩みを解決するために皆やってくるのだから、誰かに話を聞いてもらいたいという人も多いんだ」

 午後からはアヴドゥルのリクエストでスーツを見に行くことになった。女性には退屈かもしれないが、と先に言っておく辺りがアヴドゥルらしい。
「普段見ないものなので楽しいですよ。入ることほとんどありませんし」
「そういってくれると助かるよ。実は最近財団の方へ行くことが多くてね。海外に行くのにこの服だと大分目立つからな」
「逆に旅の間は私達が目立ってましたね」
「ハハハ。日本の学生服はどこの国でも相当珍しいよ。まず見かけることはないからね」
 店員がメジャーを伸ばし、サイズを測っていく。が、どうも空気が不穏だ。
「アヴドゥルさん身長いくつでしたっけ?」
「188だが……?」
「うーん、サイズないかもしれないですね」
 サイズはあるにはあったのだがあまりにも少なすぎる。これといっていいデザインのものもなかったので、小物だけを買って帰ることにする。
「ネクタイくらいは買っていくか」
「あの、アヴドゥルさんタイピンつけます?」
「ん?あぁ、まぁつけるときもあるが。どうかしたか?」
「プレゼントさせてもらっていいですか?その……再会の記念に」
「えっ。あ、ありがとう。じゃあ私からも何か買わせてくれ。もちろん別の店で」
 そんな、悪いです。受け取ってくれ。の応酬を何度かして、結局公子も何か買ってもらうことに落ち着いた。正直なところ、どんな形であれ自分に何か贈り物をしてくれるというのはたまらなく嬉しい。何せ思い人からのプレゼントだ、欲しくないわけがない。

 道中、公子がお手洗いに行くとデパートに寄ったときだった。混雑しており時間がかかったとは思うが、戻ってきたらその間にプレゼントの購入をもう終えたというのだ。公子も買いはしたがまだ渡していなかったので、交換する形でお互いに贈ろうということになった。
 そこまでしたらシチュエーションにもこだわりたい。二人は東京一高い場所……スカイツリーへと登った。
「これはすごいな……絶景だ」
 日暮れ時の眺めは空がオレンジと黒のグラデーションを作り、建物が落とす影が幻想的な雰囲気を生む。やがて眼下にあるおもちゃのようなビルたちは明かりを灯し始め、世界一の夜景が現れるのだろう。
「あの、アヴドゥルさん。これ……」
「ありがとう、公子。私からも、受け取って欲しい」
 二人はその場で包装紙を開ける。アヴドゥルへのタイピンはシンプルなデザインの中にも赤く光る石が一つあしらわれた、主張し過ぎない個性があった。
「これはいい。今度財団に行くときにはぜひつけさせてもらうよ。そちらは……気に入ったかな?」
 公子は箱の中から現れた箱を凝視していた。自分の勘違いでなければこの形の箱に入っているものに見当がつく。
「開けたくないか?」
「き、緊張して……だってこの箱……」
「君の考えているものが入っている。実はその場で買ったものじゃなくて、ちゃんと予約をして購入したんだ。はじめから君に渡すつもりで」
 蓋が開かれると中からは銀の指輪が姿を見せた。
「サイズ、どうしてご存知だったんですか?」
「フフフ。占い師の私に分からないことはないよ」
「あの……指輪を贈ってくれるってことは……つまり、その……」
「あぁ。旅の道中からだ。君の事が……」
 ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ……。
「メール……」
「私もだ」
 この全く同じタイミング。差出人は同じ人物からと見ていいだろう。二人が電話をチェックする。
「花京院か。学校が終わったようだから迎えに行ってやるか」
「せっかく展望台まで来たのに……」
「そうだな。少し、待たせるか」
 アヴドゥルに手をとられ、窓ガラスへと近づく。
(このまま陽が落ちなければいいのに。そうすればこの手を離さずにいられるかもしれないのに)
 その思いに応えるよう、強く公子の手が握り締められる。ちらりと横顔を盗み見るが都会の景色を見るばかりで目が合うことはなかった。公子もまた視線を富士山に向けると、今度はアヴドゥルがちらりとこちらを見て、また外へと視線を戻した。
 ピリリリリ、ピリリリリ、ピリリリリ……。
「今度は電話か……」
 公子の電話画面に空条承太郎と着信中の文字が現れる。
「はいもしも……」
「おいなんでメール返さねぇんだよ。今どこだ、アヴドゥルと二人なのか!?」
「ちょっと早口で聞き取れないんだけど」
「いいから、さっさと合流する……あ、おい」
「もしもし公子さん。花京院です。今どちらにいらっしゃいますか?すぐに迎えにいきますので……」
「あーはいはいはい。スカイツリーですよ」
「もしかして二人っきりで行ったんですか!?」
「そうだよ。どうしたのそんな急いで」
「すぐいきます。承太郎、押上駅……」
 ここで電話が一方的に切られてしまった。もう地下鉄の駅にでも入ったのだろうか。
「しょうがない。降りて待っててあげましょうか」
「ああ。先ほどの続きは、また今度だな」


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