小説 | ナノ

 日本一の電気街、オタク街、オフィス街。いや、聖地と言わせていただこう。


花京院典明×千代田区


 日曜の秋葉原。メインストリートは歩行者天国となって人がごった返している。本当ははぐれないように手を繋いでしまいたかったけど、僕にそんな勇気があるわけもなく。
「じゃ、私UDXのイベントいくから。また明日学校で」
「えっ、あ、ちょ、ちょっと待って」
「ん?」
 僕と公子はゲーム仲間だ。今日はよくいくゲーマーズカフェでイベントがあったため参加するために二人で秋葉原まで来ていた。だがイベントは口実だ。本当は二人で出かけるのならどこだってよかった。だからイベントが終わった後のプランも色々考えてたんだ。
 何時にイベント終わるのかを尋ねられたからもしかしたら用事があるのかもしれないとは思っていたけど。別のイベントに行くのなら僕も一緒に行きたかった。どんなものかは分からないけど、ここ秋葉原で開かれるイベントといえば大体予想はつく。
「何のイベント?僕も行っていい?」
「絶対興味ないと思うけど……乙女ゲーのイベ」

 秋葉原駅近くの大型複合オフィス、UDX。レストランやイベント会場が入っている大きなガラスの箱のような建物だ。僕も何度か入ったことはある。入ったことはあるのだが、会場前のイケメン等身大パネルを前にすると妙に緊張してきた。当然だが周囲に僕以外の男がいない。いるとすればスタッフらしきカードを首から提げた人だけだ。
「……っ!」
「どうかした?公子」
「ジョシュア様ぁ〜」
 彼女の視線の先にあるのは、腕組みをして不適に笑うイケメンのポップだった。その隣には彼の殺し文句なのか「俺から逃げるとはいい度胸じゃねぇか……」というセリフがついている。
 それにしても驚いた。公子からこういう甘い声が出てくるということに。普段僕たちはモンスターをガンガン狩っていくゲームをしているから、よく聞く彼女の声は「ぃよっしゃあ!くらえっ、ラッシュ!」「首置いてけえええ!」「避けるんじゃあない……」という物騒なセリフばかりだ。
 今日もせっかくだからおしゃれな店でランチでもと思い色々調べてきたのに、食べたいと指定したのは牛丼のサンボという店だった。僕もこの店は知っている。食事中の会話禁止とか電話はオフにしておけとかそういったルールのあるようなお店だ。当然店の内装や外観もデートには向いていない。だが確かにすごく美味しいんだ……。
 僕よりもハントが上手で、昼食に牛丼を指定してきて、いつもズボンを穿いてるし制服のときもスカートの下に体操着を仕込んでいる君。(ちなみにこれは彼女が片膝を立ててゲームをするから見えてしまう。見たわけじゃない、見えたんだ)そんな君が文字通り乙女な声を出すことに僕は驚きと嫉妬を禁じえなかったよ。
「公子、あれだけレベリングしてて別ゲーやる時間あったんだね」
「布団に入って一時間だけやるって決めてるの」
 うん、乙女だ。さっきズボンしか穿かないと言ったけど、今日はスカートなんだよな。駅で最初に会ったときは僕のことを意識してガーリーな服を選んでくれたのかと盛大に勘違いしていたよ。すべてはこのジョシュア様とかいう偉そうなポーズとセリフのヤツのためなんだね。
「あー、ジョージかわいー。こういう犬系キャラって構いたくなるんだよねぇ」
「えっ、ジョシュア様はどうしたんだい」
「だってこんなにイケメンがいっぱいいたら迷っちゃうよー。今攻略してるのは別のジョエルっていうキャラなんだけどね、これがまたツボついてくるんだわぁ」
「……君のツボって?」
「ジョシュアみたいな高飛車で自信家なとこと、ジョージみたいな構って構ってなカワイイとこと、ジョエルの優しいところぉ〜」
「欲張りだな」
「いーの」

 地獄のような二時間だった。女の子の黄色い声援ってやつは承太郎の側にいるから免疫が大分あると思っていたがなんというか……今日のは種類が違った。
「そういえばイベントグッズは買わなかったけどいいの?」
「うん。こういうのって実用性ないと買わないタイプなんだー」
「あー、わかるそれ」
 時計は六時を回っていた。年末が近いこの時期は日が落ちるのも早い。既に僕達の作る影は長くなっていた。これ以上連れまわすべきか否か。どちらにせよ彼女を家まで送らねば。
「公子って家どっち方向だっけ?」
「あー、新宿で乗り換えるけど、神保町行こうかなって思ってて」
「まだどっか行くの?もう遅いから僕もついていくよ」
「え、悪いよー。興味ないイベントにまで付き合わせちゃったし」
 ……ここは先ほどのジョシュア様を見習って、少し強引に行くか。
「ダメだよ。もう暗くなるのも早いのに女の子が一人でふらふらするなんて。特に今日の君は男を惹きつける格好をしてるんだし」
「こういう格好したから色々散歩したいんだよー。花京院こそ遅くなったらお家の人心配するでしょ。ウチは両方とも十時過ぎないと絶対帰ってこないから」
「そんなに遅くまで遊ぶつもりなの?」
「いや、それまでには帰るけどね」
「やっぱりついてく。心配だし。それとも僕が一緒じゃイヤ?」
「……ヤじゃない。一緒に来てくれるなら嬉しい」
 声は小さかったが、あの会場で聞いたかわいい声が出てきた。スカート効果だろうか、僕の五感を釘付けにさせる。
「い、いこうか」
 今度こそ僕は勇気を出して彼女の手をとった。強く握れない手を、彼女の方から指を絡めてくる。自分の心臓の音が聞こえた。

 街に灯りが灯る。流れる車のライトも眩しくなってきた。
「次は、神保町です。都営三田線はお乗換えです……」
 秋葉原から岩本町駅まで歩いて地下鉄を利用した。神保町駅で降りるのはいいが、正直僕はこの駅に何があるのか全く分からない。古書店が多いとは聞いたことがあるが、公子のキャラではない。
 いや、何せあの男勝りっぷりが一転したくらいだ。もしかしたら意外と読書家なのかもしれない。
「花京院がいてくれてよかった。やっぱ一人じゃむなしいわ、これは」
 それは街路樹に、ショーウィンドウに、植え込みにちりばめられた無数の光。そうだ、もうすぐクリスマスだった。華やかなイルミネーションが僕達を別世界へと誘い込んでいる。
「きれいだね」
「……うん」
 東京は光の都市だ。ここ以外にもイルミネーションのある場所はたくさんある。
「どうしてここのイルミネーションを見ようと思ったの?」
「だって新宿とかカップルばっかだし」
「なるほどね。まぁ時期も時期だからね……」
「クリスマスの時期にイルミを見に行くってのをやりたかったのよ。だからせめて乙女ゲーキャラを脳内に焼き付けて寂しさを紛らわそうとしてさ」
「それ逆効果だと思うけど」
「うん。だから花京院がいてほんとよかった」
「僕はジョ……ジョなんとか様の代わり?」
「ううん。だって私欲張りじゃん。強気で優しくて甘えてくる人がいいんだって。ジョシュアでもジョージでもジョエルでもないよ」
「まだキャラいるの?」
「キャラじゃないよ……花京院のことだよ」
「……っ!自惚れてもいいの?」
「いつも自惚れてるじゃん。僕は精神的動揺による操作ミスはないとかなんとか」
「今すごく精神的動揺が起きてる」
 僕にコントロールミスをさせるのは、世界中で君だけだから。


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