小説 | ナノ

 グレープヒルズジムではプログラムも充実している。中でも屈指の人気を誇るヨガは、講師スージー先生の明るいキャラクターもあって常に教室が満員になる。
「はいっ、では次に体の中心を意識しながらゆっくりと深く呼吸をしてみて!」
 公子も物は試しとやってみたのだが、体の柔軟性以上にゆっくりと心を落ち着けるということがどうも苦手なようであまり向いていなかった。しかしスージーの話術のおかげで参加が苦にならない。
「ではここまでです。お疲れさまでしたっ!」
「お疲れさまでしたー」
 水泳に行く前にヨガに参加することでストレッチの役割を果たす。これから水着に着替えてひたすら平泳ぎの時間だ。
「ねぇねぇ公子ちゃん。今のヨガの先生とプールのジョセフさんてお似合いだと思わない?」
「鈴美さんいきなり……どうかした?」
「何か二人が両片思いだって噂があってね。同じ職場に恋人がいたら素敵じゃない?」
「そーかなぁ。私は職場恋愛はちょっと苦手だな。今の職場にもいるけどね、何というか……就業時間後にやってくれって感じになって」
「うーん。公子ちゃんはじゃあ協力してくれないね」
「まさか。自分の職場じゃなきゃどーでもいいわ。面白そうなことには何でも首を突っ込むたちよ」
「私公子ちゃんのそういうところ大好き」

 なるほど、確かに言われてみれば二人がただの同僚ではないということがよくわかる。二人とも人との距離感が大分近いのだが、それだけでは説明がつかないくらいに肌を寄せ合っていることがある。
「ほほう。これはこれは」
「ねっ?ねっ?」
「いや、既に付き合ってるとしか思えないんだけど」
「えーっ!じゃあ出る幕なし……?」
「どしたのー?」
 そこに渦中のスージーがこちらへ近づいてくる。ジョセフは自分の担当であるプールエリアに戻ったようだが、女三人が狭い廊下で固まっていれば人の流れも滞る。
 そんな中でスージーが大声でこう言った。
「え!?私とジョセフが!?ないないないよー。学生時代からの腐れ縁だし」
「腐れ縁!?」
「うん。ついでにシーザーも」
「ついでにしないで……」
 スージーたち三人は中学生の頃からの付き合いで、三人ともが水泳部に所属していたらしい。スージー自身も学生時代は選手として活躍していたようだが、仕事にするとなるとプロとしてやっていけるほどの成績はなく、だからと言ってライフセーバーなどは月の物を気にして目指すことが出来なくなり今はヨガの講師として落ち着いているそうだ。
「へー。私たちってそういう風にみられてたんだぁ」
「ま、まあ今の大声で誤解は解けたと思いますが」

 翌々週の月曜日である。スージーも言っていたように、女性は月経があるためプールに入れる期間は多少限りがある。それも終えてさっぱりとした気分でスイミングを再開しようとグレヒルのプールサイドへ久々に現れた公子を待っていたのは、ジョセフによる攻撃ならぬ口撃だった。
「公子ちゃんっ!なんでプールこなかったわけ!?ねぇねぇ!!」
「ジョセフ、お前迷惑になるような態度はヤメロ!」
「だってだって、公子ちゃんってばとんだ誤解をしてるままだからさ!俺とスージーは何の関係もないの!いや、関係はあるけどもう家族みてぇなもんっていうか……ああ、そういう意味じゃねー!妹だって言いたいんだ!」
 水しぶきを立てながら頭を抱えたり手足をばたつかせたり子供のような暴れ方をするジョセフを、やれやれとシーザーがなだめている。
「気にしないでシニョリーナ。発作みたいなものだから」
「は、はぁ。お三方が同じ学校で水泳部だったってことは聞きましたよ」
「え」
「ほ、本当!?」
「嘘ついてどうなるんです」
「よ、よ……よがっだーぐすん」
「それより今日のクロールのプログラムの時間過ぎてますので指導お願いしますね?」
 ジムに来るのは何も若者だけではない。暇を持て余した元気あるおばちゃんがその元気によりあらゆる噂話を拡散していくのだということを、改めて理解したプールサイドの二人だった。
「シーザーちゃん、なーにをぼんやりしてるの。やるぜー?」
「あ、ああ」(おしゃべり大好きな奥方に、俺の好みがキャリアウーマンな年上の女性だって喋ってもらわないとな)


prev / next
[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -