小説 | ナノ

「先輩、太りましたよね」
「吉田ァ……新年早々の挨拶がそれか……?」
「いや、だって先輩。明らかに太りましたよ。目に見えて分かる程度には」
「だからな……」
「グレヒル行ってます?」
「年末年始はジムも休みだしそれが終わったら実家帰ったりで行けてなかったの」
「年末年始ずらして帰省っすか?」
「だって……甥姪が公子おねーちゃんはいつお母さんになるの?って言うの分かってんだもん!だから追い打ちをかけるように太ったとかなんとか言わないで!」

 というわけで新しい年を迎えてのジム初めである。トレーニング用のハーフパンツに履き替えるときに、確かに腹回りが苦しいことは実感していた。Tシャツに袖を通して裾を下ろすときに胸が引っ掛かるような気がした。
(胸まで肥えたってのはマズい……)
 公子は痩せるときは胸からだが太るときは最後に胸が大きくなるタイプなのだ。
(つまり余分な肉をつけていい場所がもうなくなっているということだ……)
 ジムには体脂肪率も測れる高性能体重計が置いてあるのだが人前で乗る勇気も体も公子は持ち合わせていない。黙ってマットが引いてあるストレッチフリースペースに上がった。
「足を開いて、上半身を前に倒します」
 ループで流れているストレッチビデオの通りに体を動かすと、前屈系の動きのときに体が止まるのを感じる。サボっていた分体が硬くなっているせいもあるのだが、それ以上に腹につっかえるものの存在がストレッチの邪魔をするのだ。
(こ、ここまで腹が出てるの!?)
 ストレッチを終えた公子は恐る恐る鏡の前に立つ。そういえば意識して自分の全身を見ることがここしばらくなかった。そこに立っているのは……ドラム缶であった。
「う……そ……?」
 そもそも正月とは何もしない、寝正月で過ごすのが伝統である。しかし、その伝統に則っていたのはどうやら公子だけのようだ。
「エアロ、21時からBスタジオで開始でーす!」
 はつらつとした声を上げるスージーの引き締まった足。
「反動で重りを持ち上げると腰を痛める原因にもなるし、何より効果が出ないんスよ〜」
 新規会員にマシンの使用方法をレクチャーする仗助の割れた腹。
「シーザー先生ー、プールのプログラムいつからでしたっけ」
「明後日から再開するから、君の素敵な水着姿楽しみに待っててもいいかな?」
「キャァ!」
 シーザーの太い腕が伸びるのは女性会員の細い腰。
「……何故だ。全員餅を禁止していたというのか?新年早々走っていたのか?」
 だらんと落ちた公子の二の腕の贅肉が揺れた。
「よォ。相変わらずぼさっとしてんな、おめーは」
「げっ、熊殺……えっと……あ、か、か、会員の人」
「空条だ」
「そう。それ」
 今二番目にこの世で会いたくない人物の登場に公子は頬をひきつらせた。ちなみに一番会いたくないのは花京院先生だ。健康診断時よりも情けない姿は晒したくない。
 この男はやはり相変わらずの筋肉量だった。その隆起した体を覆い隠す無駄な脂肪がどこにもついていない。
「相当食ったみたいだな」
「セクハラっていうのはオフィス以外でも発生すると思いますよ」
「おいおい。体を改造する場所なら普通の会話だろ」
「どのような場所でも人の気に障ることを言うのはやめた方がいいんじゃないですか?」
「気に障る?何故だ」
「食べてばっかで太ったと言われて気分良くなる女はいませんよ。男もですけど」
「太ったとは言ってないだろ。今からその脂肪を筋肉に変えていくんだろ?」
「ま、まあそうですけど」
「じゃあいいじゃねぇか。ここにいる時点で誰もお前を怠慢な人間だと思わねぇぜ。始めたばっかなんだから運動と食事量のバランスが崩れることがあるのは当然だ。食わずに筋肉も脂肪もないことを美容だなんだと抜かしてる女よりよっぽどいいぜ」
 一方的に言いたい事だけを言ってさっさと承太郎はランニングマシンに移動した。あの巨体が走っているのにドスドスという音が全くしない。相当走り慣れている証拠だろう。
 ストイックに己を鍛え続ける人間に、今一番欲しい言葉をピンポイントでもらえたことに、公子は少しだけやる気と元気を分けてもらった自覚が芽生えた。
(だからと言ってあの人が苦手なことには変わらないんだけどね)


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