小説 | ナノ

 料理教室パッショーネ、今日のメニューはシチリア風サラダである。
(さらだ……)
 ここ数日油ものを絶っている公子はそろそろ味の濃いものがほしくなっていた。しかし一度食事制限をしてしまうとその辞め時がわからない。
(料理教室で出たからしょうがないよねーって言い訳で肉食べたいと思ってたけど、サラダかぁ……もう、サラダでもいい、マヨネーズ特盛であれば)
 ダイエット料理を主体とした教室に何を期待しているんだと思いつつ、今日の作業に取り掛かる。このサラダ、メインは野菜ではなくオレンジで、鮮やかな色どりの美しいおしゃれな一皿だ。
 しかしおしゃれで腹は満ち足りない。
「味付けはお好みで、と言っても大体の量が分からないと困ると思うので、今日はオーソドックスにヴィネガーとオイル、そして塩コショウで作る簡単なドレッシングにしましょう」
 オレンジとヴィネガーの酸味が、空腹の公子の口の中に酸っぱく広がった。

「え、そんな辛くなるまで食事制限をしてるんですか?」
 思い切って肉を使ったレシピは何かないかと講師のジョルノに聞いたところ、驚いたような返事をされた。
「いや、はは……」
「一生ヴィーガンとして過ごすわけじゃないんですから好きなものだって食べないと……チートデイってご存知ですか?」
「ち……?」
 チートデイとは、ダイエット中でも好きなものを好きなだけ食べられる日を作ることで体に栄養不足を認識させないという方法だ。
 油分糖分を控えるのはダイエットの基本だが、それを制限し続けていると体の方が危機を感じるらしい。栄養の供給がストップされたことで体の中に蓄えてある脂肪を燃焼させないようになり、ダイエットの効率が悪くなるのだ。
 だから体を騙すために、数日に一度だけ気兼ねせずに食事をする日を設ける。それによって精神的にも解放されるし、一石二鳥になるのだ。
「そうだ、今度新しくできたイタリアンのお店に一緒に行きませんか?メニューの参考にと思ってたんですが、一人だとちょっと行きづらくて」
「ジョルノ先生のおすすめのお店だったらきっと美味しいんでしょうね。ぜひご一緒させてください!」
 かくして、次の土曜日はチートデイとなった。

「いらっしゃいマせ」
 イタリア料理、トラサルディーのオーナー兼シェフのトニオが出迎えてくれる。
「Da quanto tempo」
 ジョルノの口から流暢なイタリア語が滑り出す。意味は全く分からなかったがどうやら二人は顔見知りのようで、親しそうに何か話していた。
「公子さん、彼はトニオ・トラサルディー。彼の料理の腕は僕以上です。幼いころ僕の家のシェフをしていました」
 それからイタリア語で公子の方を紹介すると、二人はテーブルに通される。店は敷地面積の割に客席が非常に少なく、椅子の数は店内で合計四つとなっている。今日は公子たち以外の客はいないようで貸し切り状態だ。
「忙しそうだからワインのサーブはこちらでやるよ」
「Grazie」
 あらかじめ注文しておいたのだろうか、メニューを見る前に運ばれたワインボトルを見てジョルノはその味について公子に説明をする。
「この店は……というより、トニオはメニューを提供しません。その人に合わせた料理を振る舞うというスタイルで、ワインも料理に合ったものを彼が出してくれます。これはキャンティクラシコ。トスカーナ地方で生産される赤ワインですね」
 しばらく待っていると一皿目が運ばれてくる。一口サイズのカラフルなものが種類多く皿を彩る美しいアンティパストだ。
「お二人は体調管理に気ヲ使っていると聞きマシた。食事の最初を野菜ニすることで、体に吸収される油を少なクすることができます」
 先日作ったオレンジのサラダのときも思ったのだが、イタリア料理は基本的に目に鮮やかなものが多い。女性がこぞって食事する前から写真撮影に勤しむのも分かる気がする。
「いただきます」
(そういえば……?)
 店に入ったときや料理の説明を聞いてるとき、やはり幼いころからの付き合いだからなのか二人は随分と砕けた仲のようだ。
(なのに、どうして私を誘ったんだろう)
 料理教室で今日の約束をした時のことを、公子は鮮明に覚えていた。

「一人だとちょっと行きづらくて」

 親しい間柄なのに、なぜなのか。その意味を深く考える前に運ばれてきた二皿目に心奪われ、その疑問は一瞬で忘れ去ってしまったのだった。


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