小説 | ナノ

 季節は初夏。二か月ほど経過している、という感覚だが、経過という言葉が適当なのかどうか公子にはわからなかった。
 あと数日もすれば、世間は夏休みに入る。空条家の一室では公子がエジプトへの道中に使っていたカバンや着替えなどを引っ張り出しているところだった。
「M県?なんでまた……」
 長期休暇を前に、公子が一人で東北まで旅行に行くと言い出したのだ。
「いやまあ、ちょっとね」
「ほー、随分俺をほっぽり出してイタリアにアメリカ観光してきたけれどまだ足りねぇのか」
「トゲ含んで言うのヤメテ」
 目的はもちろん吉良吉影だ。彼がいつ頃スタンドに目覚めたのか記述があったかどうかすらも覚えていないが、この三部の世界線≠ナは既に杉本鈴美は殺されているはずだ。
 あの町で殺人鬼が、またのさばっている。公子はそれを止めに行く義務があるのだと感じていた。
(でもそうなれば億泰くんと会えなくなるかもしれない。他にも皆スタンド使いにならずにそのまま過ごしていくのかもしれない。それが正しいことがどうかじゃなくて、私がそうするべきだと思うからそうするだけ)
 だから。
「承太郎はぱぱっと夏休みの宿題でもやってなって!」
「……」



 あの選択を、三部の世界線に残る、と、公子は決めた。



 戻ってきてからしばらくは、あれほどに残りたかった世界だというのに公子は何か思いつめたような顔をしていた。久々に花京院たちの姿を見ても笑顔が咲くのは一瞬で、何かしら心の中に重たいものが残っているのは明らかだ。
 公子が各世界を旅してきたということは(理屈として)皆知っている。そこでなにかしらあったのだということは察しがつく。
 この世界のように、ほかにも未練を作ってしまった場所があるのだろう。そしてそれは単なる心残りというものではなく、これから先の公子の人生に横たわるようなものである。
「俺以外にもそんな思いをさせてるやつがいるってぇのが気に食わねぇ」
 そう言って承太郎が世界を渡る協力をしてくれたというスタンド使いの元を、一人ひっそりと訪れていた。
「というわけで、なんとか公子だけでも安全に行き来できるように出来ねぇか?」
「無理ですってー!」
 承太郎は快く≠ニ言っていたが、実際はスタンド能力を悪用していた人物を捕まえて脅迫めいた態度で協力を迫っていただけだった。
「もう一回説明しますよ?」
 この世界という非常に曖昧な括りの話だ。世界、とは何を指すのか。それを人間の肉体が移動可能な範囲と定めよう。そしてそんな世界は数えきれないくらい膨大な量が重なり合っている。この男のスタンド能力は、重なった世界の間に隙間を作る力だ。
「だけど俺や空条さんは元いた世界にしか戻ってこれません。隙間を経由して別の世界に行けば違う「俺」や違う「空条承太郎」がいるわけです。って今違う「俺」って言いましたけど、厳密にいえば「違う存在であり同じ人間」なわけです。それは同じ世界に同一存在できません」
 しかし公子だけは何かが違うらしい。どの世界にも「主人公子」は絶対にいないのだという。
「彼女は何か特別な場所から来たみたいですね。どうやって、とか、なんで、とかは俺も俺のスタンドも分かりません。空条さん隙間で「お前の産まれたところに戻す」とか言ってましたけど無理ですよそれ。俺のスタンドが知らない世界にまで隙間をつなげることはできませんから」
「まあ帰すつもりはなかったからな」
「ひっでぇ」
「あ?」
「あ、いえ……で、続きなんですけど、だからと言って彼女を何度も隙間に送ったりこっちに戻したりってのは出来ません。そのことについては今更言うまでもないですね?代償はすでにお支払いいただいてますし」
「……」
 違う世界同士を結ぶには、その世界に何らかの繋がりが必要である。今回の場合、承太郎(三部)と公子というつながりがあったので双方の世界の間に隙間を作れた。その隙間に承太郎を送り込むことは簡単だ。
 繋がりの役割を果たす承太郎が隙間に入ることで三部の世界から繋がりが消えてしまうが、そこは花京院たちの協力でぎりぎりつなぎとめることが出来た。つまり、三部の世界に仲間たち、隙間に承太郎、六部の世界に公子というリンクが形成されたのだ。
 そこから六部の世界の公子を隙間に引きずり込んだわけだから、リンクは崩れそうになる。持って五分というのはこのことだった。さらに公子と承太郎を完全に三部の世界に移動させると、リンクが途切れて移動する前に隙間の世界ごと二人は消滅してしまう。
 そこから無事に脱出するには、代償が必要だった。世界をつなぐほどの巨大なエネルギーが。



「世界をつなげました。代償の支払いは、この向こうの隙間のさらに向こうの世界にいるっていう女性をこの世界に連れ込んだ時です。俺のスタンドの見積もりですが、大体四十年ほど寿命が縮みますよ?」
「構わない」
「何が原因になるか分かりませんが、空条さんはおそらく四十前後で死にます」
「その話は何度も聞いた。他にないなら行くぜ」










「つまり、繋がりの役割を果たせる存在が向こうにいれば、また世界をつなげますよ。でも結局戻すのに寿命四十年ですよ。その場で死ぬと思います」
「テメェの寿命をこう、何とか使えねぇのか」
「ひっでぇ……と、冗談はさておき」
(俺は本気だったが)
「さっき言ったように隙間に何か送り込むことは可能です。それを偶然向こうの世界にいる俺が拾って送り届けるってことがあればまあ、メッセージくらいは送れるんじゃないですか?といっても宛先の座標がなくなってるから砂漠でゴマ粒探すような作業だと思い……?」
「どうした」
「……砂漠のゴマ粒が、見つかりました。向こう側の空条承太郎から、預かりものです」


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