小説 | ナノ

 仕事が立て込んでいたせいで二週間ぶりの帰宅となる。我が家のはずなのになんだか慣れない気がするのはそのせいだけではなく、今まで世界中の船とホテルが住所だったような生活から一転、アメリカに住居を定めたのがつい先日だからだ。
 四十歳になってようやく生活が落ち着く……自分の人生の波乱万丈さを嘆くことはなかったがいささか疲れというものが加齢と共に見えてきた。
 真新しい鍵を差し込もうとすると、内側から扉が開いた。そういえばまだ金庫を購入していなかったのでハウスキーパーを雇うことが出来ず、徐倫に室内の片づけを頼んでいたのだった。
 扉の隙間から現れたのは予想通りのお団子ヘアで、それがこちらを向くと目をぎょっと見開いて小さなうめき声をあげた。
「とっ……うさん」
「ご苦労だったな。約束の小遣いだが、今渡して……」
 徐倫が女性にしては大きな体で扉の隙間を埋めようともぞもぞ動いているのだが、20cm上からの視線をさえぎることは出来ない。承太郎の目に、後ろで靴を履いている小さな少女が映った。小さな、といっても空条親子に比べればの話で平均的な身長はある。比較対象が悪い。
「あ、徐倫のお父さん。お邪魔しました」
「待て。徐倫、もしかしてお前、有料で請け負った仕事を友人に手伝わせたわけじゃないだろうな」
「結果としてめちゃくちゃ綺麗に片付いたんだから文句ないでしょ。なんなら半額ずつ折半するからさっさと現金を出して、現金」
「君は確か公子さんだったな。徐倫の学友の」
「はい。今日はお父さんのお部屋の片づけを一緒にやったので、何か不備があればまた手伝いに来ます」
「とりあえず家のことをさせておいて礼だけで済ませるというわけにはいかない。あがっていってくれ」
 扉の隙間から徐倫ごとぐいぐいと押し込んでいき、履きかけの靴を脱がせようとしゃがみこんだ。そこに徐倫の平手が帽子を掠める。
「何やってんだクソオヤジが!」
「徐倫、口調が戻っ……」
「じゃかしい!戻したのはテメェだあああ!」
 結局徐倫の怒涛の口撃にあい、その日は早々に新居を後にすることになった。だが、誰もいなくなり静かになった部屋で承太郎はこの部屋に似つかわしくないものを発見する。男の自分はもちろん、徐倫のものでもないピンク色の少女らしい財布。

「公子。これはミッションよ」
「徐倫ってば大げさねー」
「そんなことないの!アンタはジョースター家の爆発力を甘く見てるわ」
「徐倫も爆発するの?」
「する」
「するんだ……」
 翌日。忘れ物をとりに部屋の前を訪れた徐倫と公子は両者全く違うテンションだった。片やのほほんと突っ立っているだけ、片や敵陣へ単独潜入する兵士の面構え。
「いい、公子。もう一度ハッキリ言っておくわ。父さんがアンタに対して言う『好意』は、likeじゃない、loveよ」
「またまたぁ。さすがに娘の同級生だよ?前々からそう言ってるけど杞憂だよー」
「んもー。アンタがその調子だからこっちが振り回されちゃうのよ。まあ今日は父さん仕事で不在だろうからいいんだけどね」
 わざわざ平日の昼間を選んで部屋を訪れるのもそのためだ。公子に好意をよせる承太郎がこのまま忘れ物を取ってかえらせるわけがないと徐倫は踏んでいるのだ。
 もしかすると公子の大好きなザッハトルテを用意しているのかもしれない。これ見よがしに食べてもいいよというメモを添えて。
「でもね、それは100%怪しいクスリを盛ったケーキだわ。食べちゃダメよ」
「私そんな食い意地はってる……?」
 もしかすると公子がコレクションしているダッフィーのぬいぐるみが置いてあるかもしれない。これ見よがしに持って帰っていいよというメモを添えて。
「でもね、それは100%盗聴器を仕込んだダッフィーだわ。持ち帰っちゃダメよ」
「自分の肉親をそこまで言う人私初めて見たよ……」
 とにかく、財布だけをとってさっさと帰ってくればいい。むしろ徐倫だけが中に入って目的のブツをとればいいのではないか。念には念をいれ、公子を玄関先で待たせて徐倫だけが奥へと入っていった。
 日本育ちの父は、新居を土足厳禁のスタイルをとっている。サンダルを脱ぐのに足をばたつかせ、揃えもせずに家に上がった。廊下を突き当たったところにある書斎の引き出しに入れてあると聞いていたので、玄関から遠くへとずんずん離れていく。
 徐倫があがっている間、裏返しに落ちたサンダルを公子がかがんで揃えてやる。履きやすいようにつま先をこちら側にむけると、ガチャンという音と背後から陽光が刺した感覚に思わず振り返った。
「あ……徐倫のお父さん」
「なんだってええええええええええええええ!」
 財布を掴んだ徐倫が廊下を短距離選手のようなフォームでかけてきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。仕事が終わって君に出迎えられるのはいい気分だな。毎日でも私の帰りを待っていてほしい」
「ほら!公子!今の聞いた!?キモい!四十過ぎの男のセリフとしてかなりキモい!」
「徐倫がおかえりって言ってあげないからじゃない?もう仲直りしたんだったらそれくらいしてあげなよ」
「違ぇー!アタシが父さんを理解したのは全く違う観点の話!色恋については微塵も理解してねぇししたいとも思わねぇ!」
「俺も正直アナスイはどうかと思うぞ」
「ここぞとばかりに人の彼をディスってんじゃねぇよ!」
「お前も友人の男を悪く言うな」
「彼氏面すんなああああ!」
「あ、違うな。友人じゃなく新しいお母……」
「言わせねぇよ?大体テメェ、仕事はどうした仕事は!」
「今日の仕事は終わらせてきた」
「押し付けてきたの間違いじゃないのォ?」
「俺は仕事に対してそこまで、無責任じゃない。ところで公子さん。先日は娘がやかましくて何も礼を出来なかったが、今日君が来ると聞いて甘いものを用意してあるんだ。ぜひあがっていってくれ」
「公子とは今から大学に戻るの!!」
「ザッハトルテを買ってきている。紅茶は何が好きかな」
「公子!ダメよ!家に上がる前のアタシとの約束を思い出して!ザッハトルテは食べない、ダッフィーは持ち帰らない!」
「えっと、徐倫のお父さん」
「承太郎、と呼んでもらいたいな」
「お仕事に責任を持つという言葉、学生の身分だからこそ身に染みました。私も本分である勉強のために今日は大学に戻りますね」
「っ……」
 自分で言ったことなのでそこを曲げさせるのはかなり困難だ。次の一手を出しあぐねているうちに徐倫が慌ててサンダルを履いて公子を外へと押し出した。
「じゃあね父さん」
 と言いながら足で乱暴にドアを閉めると、あとは平日の昼間に自宅に取り残された中年の男だけが残った。
 が、数秒間をおいてこっそりと扉が開く。
「……」
「お邪魔しましたー。またきますね、承太郎さん」
「〜っ!!」
 不意打ちのような名前呼びに、承太郎は声が出ないように口元を押さえるしかできなかった。


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