小説 | ナノ

 海洋冒険家である承太郎が山へ出向くことになったのは、水質調査のため海へ流れ着く前の水が流れる土壌を調べるためであった。そんなことも仕事に入るのかと思っていたら、半分はプライベートで行くということなので経費については全て自腹を切るとのこと。ついでに仕事の際には宿泊や交通の手配は全て公子が行っているのだが、それらも全て自分でしたらしい。したはずらしいのだが……
「部屋が取れていなかった。近隣の宿泊施設も他にないようで……まいった」
(ダメじゃん)
 そのうえ目的地付近には分厚い雨雲が台風並みの速度で向かっているようだった。

 「ひろってください」とでも書かれた箱に入ってそうな、しょんぼりうなだれる承太郎を回収し、街中へ向けて車を出したのが二十一時。明日も引き続きこの辺りで調査することが残っているので、なるべく近くで宿泊できそうなところはないものかと車を転がしてはみたものの……。
(ラブホしかない)
 目に直接攻撃でもしてくるつもりかと思わんばかりにギンギンに輝くネオンと、ご休憩・ご宿泊の文字。何故この手の施設は山沿いに多くあるのだろう。
「それはだな、風俗営業法が昭和の末期に大規模な法改正を行ったことに起因する。そもそも自動車の普及に伴い男女で出かけるときの移動手段兼目的がドライブに設定されやすくなり、その流れで高速道路沿いに多く建設されるようになった。その後先ほどの法改正に伴い新たに建築できる場所がなくなり、許可の降りやすい山側や以前からそこにあった建物を再利用するケースが増えたというところだ」
 で、結局。
「宿泊で」
 泊まる。
「あの……せめて部屋を分けませんか?」
「交渉したが無理だった。その理由についてはおそらく一人での利用は自殺に使用されるケースが多く……」
「空条さん、ラブホの豆知識よくご存知ですね」

 さて、部屋に男女で入るのだからそれなりにいい雰囲気に……ということはまったくなく、翌朝のアラームの設定や朝食の予約などは公子がきっちりといれさせてもらった。その後はお説教タイムである。
 どうも承太郎が予約したと思っていたのは、予約するためのウェブ会員登録がすんだだけの状態であったということらしい。しかしその後確認メールが届いていないことに気がつくべきだった、という一般常識を自分よりも年上のオジサンに話すのはなかなかに体力を消耗する。
「本当に……申し訳ない。休日出勤扱いでつけてくれて構わないから……」
「今日はプライベートなんですよね?私の人件費を研究室から出すということですか?」
「……ポケットマネーで支払おう」
「結構です」
 ぴしゃりと言われてしまえばそれ以上何も言うことができない。こうしてまた捨て犬のように背中を丸めて俯いてしまうのだった。
(言い方がわるかったかな)
 ルームサービスで夕食をすませてしまえばやることがない。承太郎は今日まで調査したことをPCに打ち込む作業があるようだが、急いで駆けつけた公子は暇を潰せるような道具は何も持っていなかった。
 防音性に優れるはずのホテルなのだが、雨粒が壁を叩く音がかすかに聞こえてくる。
(明日の調査は無理なんじゃないかな)
「主人くん」
「はい?」
「君からの信頼を回復したい。チャンスをくれないか」
「大げさすぎやしませんか?」
「いや……極力君の前で仕事の出来る男を装っていたつもりだったんだ、これでも」
「装うもなにも実際に仕事の評価を残していますし、そもそも私なんかがそれを判断するのはおこがましいです。今日のはほら……ちょっとした世間知らずってやつですよ。私の中の空条さんはやっぱり仕事熱心な男性ですよ」
 モニタに現れた「上書きしますか」の問いに「はい」で答えて保存する。もうある程度形にはなったようだ。公子からすればとんでもないスピードだ。いちいち参考資料を開かずとも内容を把握している、仕事の虫だからこその芸当である。
 そんな承太郎をこれしきのことで馬鹿にしたり見下したりなんてことはない。だが、今まで何一つ欠けたことのなかった承太郎はそれが許せないのだろう。公子との距離を詰めながら目線で真っ直ぐに姿を捉える。
「男としての、評価をだな。下げるわけにはいかないんだ」
「そんな根を詰めたら無理がたたってしまいますよ?いいじゃないですか、ちょっとくらい弱点があるくらいで」
「君は本当にそう思っているか?情けない男だと思わなかったか?私は雨の中君の車を待つだけというのが本当に情けなかったし……それ以上に君にそう思われることが怖かった」
「思ってませんから!」
「男として……見てくれるか?」
「この状況でですか!?」
「そうだ」
 返事と、押し倒すのが同時だった。回避や抵抗といったことを考える前に既にバランスを失い、足が地面を捉えることすら出来ない。
「正直、チャンスだと思った。今まで君は私の前で完璧な助手だった。プライベートな話題に踏み込ませない硬く閉じたものがあった。君とこんな場所で二人きりになる機会は、今夜を逃せばもう訪れないような気がして……」
「なっ、なんで今後の私の予定を空条さんが決めるんです!そちらこそ今まで一度も仕事でミスしたこともなくて無機質に仕事の指示を回すだけで、近寄りがたいと思っていたのでしたらお互い様と言うやつですよ!」
「……それはつまり、受け入れてくれると言うことか?私を」
「そうでなきゃ、こんな山奥まで車を飛ばしたりしません。私だって、下心くらいあります」
「……まずいな。今の一言は……スイッチが入ってしまったようだ。すまないが、加減できそうにない」

 今まで手の届かない高嶺の存在だと思っていた男が、自分なんかの反応をいちいち気にしながら愛撫をしている。痛くないか、不快じゃないかと、おそるおそる。けれどももっと激しくしてほしいというのは、女からはどうにも言いづらく、お互いにもどかしそうに体をくねらせていた。
「あの、いつから私のこと……」
「出会って間もない頃からだ。最初はきれいな女性だと思っていたが、その内完璧すぎる君を俺が笑わせたり気持ちよくさせたいと思いはじめた。君は……?」
「わ、私。学会でお見かけしたときから……だから、お会いする、前から……」
「前からこんなことをしたいと?」
 こんな、というのはこういうことだと念押しするように、承太郎は挿入する場所に互いのものをくっつけた。
「そ、そこまで考えていたわけでは!」
「そうか。俺は考えていた……君の白衣を剥ぎ取って、押し倒してしまいたいと」
 今まで仕事のことしか考えていないと思っていたあの無表情の下に淫靡で邪な考えを巡らせていただなんて。それを知ると公子は締め付けを一層強くした。
「ホテルの予約に失敗したときは、全てが終わったと思った。呆れられると、もう俺のほうを向くことは絶対にないのかと思っていた。だが……少しくらい隙を作らなければいけないこともあるんだな」
「失敗で思い出しましたけど……あの」
 言いにくそうにもごもごと口をつぐむ公子を承太郎が不思議そうに見る。眼下で恥ずかしそうにシーツを手繰り寄せる彼女は上下に揺れて見える。承太郎が腰を動かすのを一切止めていないからだ。腰を振っているということは、つまり、入っているということで。
「ゴム、つけました?」
「……失敗という言葉でそこまで考えが回る君は、やはり近寄りがたい雰囲気があるよ」
「0.3ミリ以上は近づいちゃだめです」
 しぶしぶ一旦引き抜いて、枕もとのカゴに入っている0.3と書かれた袋を破るのであった。


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