小説 | ナノ

 杜王町での事件を聞きつけた公子が仙台空港へ降り立ったのが五月。それから一ヶ月以上の時間が過ぎ、ようやく仗助がジョセフの隠し子であることを知った。
「えーっ!だだだって、え?え?ちょい、まっ……」
「落ち着け」
「おおちおちお落ち着いてられますかってのコレ!へっ、はぁー?」
 公子の記憶を十年近くさかのぼれば、アジアから中東までのあの旅の思い出がよみがえる。その中で病床に臥せる娘を案じ、そして自らも危機に身を投げ入れているという心配をかけまいと妻に気を使っていたジョセフ。
「つまり……あの旅の前から既に……」
「おい。そういう下種な話はやめろ」
「ごめん」
 承太郎は年齢を重ねてスゴ味が増したような気がする。あの頃のような野性味のあるギラギラとしたものは失われたが、その代わりに黙っていても存在感を放つようになっていた。
「まあ、じいさんも日本に来る前に大分絞られて来てるから、あまり説教しないでやってくれ」
「人の家庭の事情に口は出さないけどさ……さいってー」
 大きくため息をついたところで、待ち合わせの約束をしていた地元の高校生たちが現れた。

 この日は滞在組みの日用品の買出しが主な目的だった。このあたりの地理に詳しくない承太郎と公子のために、仗助と億泰と康一が街の案内も兼ねて施設への道案内をしてくれる。億泰もこの街には詳しくは無かったが、お礼として予約してあるトラサルディーのコース料理に便乗したいようだ。
「あと何が必要ですか?」
「あ、ドラッグストアあるかな」
「ちょっと戻ったらキサラがあるからそこにいきましょうか」
 店先が見えてきたところで公子が財布を開けて紙幣を取り出す。
「ちょっと疲れたから、隣のコンビニでジュースでも買っておいで。私の分もよろしく」
「えっ。だったらドラックストアの方が安く買えま……」
「康一くん。彼女はコンビニの冷えたジュースが好きなんだ。オーソンまで行って来てもらっていいか?」
「は、はい」
 制服組みがコンビニへ入っていくのを見届け、承太郎は店先で上着から手帳を取り出した。挟まっている写真をぼんやりと見つめると、店から仗助が一人だけ出てきた。
「どうした仗助」
「あ、いえ。俺もドラックストアの方行こうかなーって」
「仗助、ジュースは?」
「あいつらに頼んでます」
「そうじゃない。女性が一旦別れて行動したいと言っているのだから気を利かせろという意味だ」
「だいじょーぶっス!店から出たところで落ち合うようにするんで!あ、承太郎さんさっき何見てたんすか?手帳……ってこたぁ、スケジュールの確認。いや、違うな。承太郎さんの性格上その日の予定はその日の朝に確認済みと見た。つまり、予定以外で手帳を見るのは……そうだな、例えば写真、と・か」
「……公子が店から出てくるんじゃないか?さっさと行け」
「了解ーっ!」
 引き止めていたはずが完全に送り出してしまったことに気づいたのは仗助の姿が後姿になったときだった。
(こういう小ざかしいところがじじぃそっくりだな。お袋は全然そういうとこねぇのに)
 手帳を内ポケットにしまいながら、承太郎は帽子をかぶりなおしてやれやれとため息をついた。

「公子さん」
「あ、仗助くん。皆は?」
「まだジュース選んでるっス。買い物、終わりました?」
「え、ええ」
 少し慌てて紙袋をカバンの中に詰め込もうとする。薬局で白いビニール袋じゃない袋に包装されているこのサイズのものとなれば、男でも中身を察するだろう。
(だからコンビニに追っ払ったのに……)
「ところで公子さん、ちこーっといいすか!?」
「うん?どうかしたの?」
「さっきドゥ・マゴで待ち合わせしてたとき、承太郎さんと話してたの聞こえてきたんすけど」
「えっ!?」
 バサッと音を立てて紙袋が地面に落ちた。それを仗助が拾い上げるも、公子は受け取る手を伸ばすことも無く固まっている。
「公子さーん?」
「あ、いや……」
「親父のこと、叱ってくれて嬉しかったっす。承太郎さんはああ言ってましたけど、奥さんに絞られただけじゃ足んないっすよ!公子さんからもガツンとお願いします!」
「え、あ、あは、あはは……」
 ここでようやく、人の家庭に口出しするなと怒られるわけではないと分かり、公子はようやく固まっていた体が動いて荷物を受け取った。
「でも、そんなサイテーな親父から生まれてきた俺も、サイテーっスかね」
 受け取ったはずの荷物は再度地面へ落下する。
「へっ!何でそうなるの!飛躍しすぎだよ、そんなこと全然ないないないない!」
「それならいいんス!ちょっと心配になっちゃって」
「仗助くんのことそんな風に思ったことなんて絶対にないからね!ね!むしろ仗助くんが来るっていう場であんな話した私が悪かったんだ。うん」
「俺、ジョースター家の方の人から、生まれてきたことを疎まれてんじゃないかなーって思ってたから。だから、本家っつーか、ちゃんとした方のお孫さんの友達である公子さんも、俺をよく思ってなかったらどうしようって……」
「うわああ、ネガティブにならないでえええ。ほらっ、ジュースだけと言わずお姉さんが何でもおごってあげるし!仗助くんのこと大好きだからね、いっぱい遊びにも行こう!」
「……俺のこと、大好き?」
「うんうん!女に二言はないよ!」
「俺も公子さん好きっス!じゃあお言葉に甘えて今度奢られたいけど、皆いると公子さんの財布が大変だから二人っきりで出かけましょう」
「うん!」
「二人っきり」
「うん!」
 今度こそちゃんと荷物をカバンの中に押し込んだところに、オーソン側から三人が歩いてきた。
「仗助くーん!何で先に行っちゃうんだよー」
「おい仗助、お前コーラでよかったか?」
「……公子」
 高校生たちがペットボトルの蓋を開けているところに、承太郎が小声で名前を呼ぶ。
「仗助と何話してた」
「あ、いや。今度何か私が奢ることになった」
「……?まあいい」
 そのよく分からない会話の流れで、承太郎は感づいた。またしても仗助がその巧みな話術を使ったのだろうな、と。


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