小説 | ナノ

「……そうですか。残念です。だったら今度、トリッシュのコンサートに行きませんか?打ち上げで皆で食事、ならいいでしょう?……ええ、お待ちしていますね。では」
「ふられたのかよー、しかも電話で。あの自信はなんだったわけ」
「いや、僕もまさか女性に振られる日が来るとは思ってませんでした」
「真顔で言うな」

 ジョルノとの通話を切った公子は逃げるように家を出た。買い物に行くと小さく告げはしたが、冷蔵庫の中は結構充実している。
(こんなこと、誰に相談すれば……)
 徐倫にはとてもじゃないが言えるわけがない。エンポリオにもまだ早い話だろうし、だからといってエルメェスとアナスイに話すのも躊躇われる。一緒にプッチを倒した仲間だが、その後の生活は百八十度違う。自由を謳歌する自分と、獄中の彼ら。のうのうとこんな相談を持ち掛けるのもどうかと思ったし、特に徐倫に会えない日々を過ごすアナスイにはこの話題は避けたい。
「あー、私って一人なんだ」
 そう言って見上げた空は、あのエジプトで見た空と、違う。

 適当に日持ちしそうな食材を買い足して部屋に戻る。出て行った時と同じく小さな声で「戻りました」と告げ、買い物袋を納戸に置いてさっさと部屋に避難しようとした矢先。キッチンには湯気の上らないコーヒーを目の前にした承太郎が待ち構えていた。
「今日の夕食はもう決めてあるのか」
「いえ。何か召し上がりたいものでも?」
「デリバリーで済ませても構わない。話す時間が、ほしい」
「……はい」
 といったものの今食材は文字通り腐るほどあるわけだ。結局簡単なものを作ることにし、ダイニングに背を向けた状態で公子は調理を開始した。
「今日はお酒はやめておきましょうか」
「そうだな」
 メニューはイタリアに来て初めての和食だ。ひじきの煮物、キュウリの酢の物、だし巻き卵、肉豆腐。それにレンジで温めるだけのレトルトの白米とお吸い物。
「……これだけの品数がよくこの短時間で出てくるな」
「ひじきと酢の物は作ってあったものですから、卵巻いて肉豆腐作っただけですよ。お吸い物もだしのもとで作ったのでインスタントみたいなものです」
 今日は酒を出さない代わりに飲み物は緑茶だ。食卓に向かい合って急須から承太郎の湯飲みに茶を注いでいると、夫婦の日常を切り取った風景に思える。
「いただきます」
 食事中はあまり会話をしない二人なので、なんとなく沈黙に居辛さを感じた公子はスタンドでPCを操作して音楽を流した。
 食器がいくつか空いたころ、承太郎が口を開く。
「エジプトに行ったのは高校二年のときで、仗助と会ったのは確か二十……七、いや、八歳のときか」
「そうでしたね」
「そのころの私たちに、今の年齢と同じ君が出会っている」
「不思議な感覚ですね」
「……私は君を口説いただろう。特に高校生の方が」
「ごふっ」
 盛大に茶を口からぶちまける、とまではいかなかったが、思いっきり器官に茶がいったようでごほごほとせき込んでしまった。
「さすがに結婚してて小さい娘がいるようなときに口説いたとは思いたくないが……まさか……」
「い、いえ。四部……あ、いや。杜王町では特にそういったことは言われませんでしたよ」
「エジプトでは言われたと」
「は、はい。しかしなんでわかったんです」
「そりゃ自分のことだ。今と大差ない君と一緒の時間を過ごし、戦ったのならばそう思うはずだ」
「……私は、いつまたこの世界からいなくなってしまうか分かりません。エジプトのときは日本に帰る直前の空港で、杜王町では鈴美さんを見送ったあと、私は次の世界に移動しました」
 そしてこの世界の次というのが、いつまでも訪れない。しかしないという保証もない。
「君は、高校生の私になんと返事をしたんだ」
「……私も、承太郎のこと大好きだった」
「過去形なのは」
「消える直前だったから。二度と会えない覚悟もしなきゃいけなかったから」
「ではその想いはもう吹っ切ったのか?それともまだ……」
 その問いの答えは目の前の承太郎に遠慮して言えないのではなく、公子自身もまだ気持ちの整理がついておらず、断言することが出来なかった。
 永遠に会うことのない男の影をいつまでも追いかけるのか。それともそれは美しい思い出として褪せぬようとっておくだけにとどめるのか。
 そして、どちらを選ぶにせよ、この目の前の男を彼と同じ人物として追うのか、手を引くのか。
「分からないんです。自分のことなのに」
「すまない、泣かせるつもりじゃなかったんだが」
 乱暴に目をこすり、あふれる涙を断ち切る。どうしてこんなにも感情が露になってしまうのか。承太郎の前だから?それとも、承太郎のことを思い出したから?
「いえ……その……」
「どちらでも構わないんだ。どちらにせよ君にはもう一度選んでほしい」
「?」
「高校生の私を思い続けるというのならば、今の私を思うことでそれは成立するんじゃないか。逆に、高校生の頃の私をもう忘れるというならば、今の私のことを見てくれないか」
「……それじゃあどちらを選んでも」
「ああ。前向きに、考えてほしい」
「でも、そんなのどっちにしろ承太郎さんを過去の身代わりにしてしまうだけです。そんな失礼なこと……」
「私とて男だ。それでいいと言うつもりはない。どちらにせよ、過去の思いを私で上書きさせてくれ」
 承太郎が椅子から立ち上がり、座ったままの公子を見下ろす。身長差が更に開き、圧倒されるような感覚で押しつぶされそうになる。思わず身を引こうと動くもうまく立ち上がれない。震える手が机の上の箸を弾き落とし、カラカラと乾いた音が鳴った。
「いや。俺が、塗りつぶす」


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