小説 | ナノ

 イタリアでの滞在は数ヶ月になるということだが、公子の手荷物は随分と少ない。元々荷物というか自分の持ち物というものがないので、ほとんど現地で調達ということになったのだ。
 キャリーバックを引っ張って財団施設の外に出ると、送りの車が既に公子を待っていた。運転手が一礼し、荷物を預かり後ろのトランクに入れる。手伝おうとしたのだが、ジェスチャーで軽くさえぎられた。
 その際、青い別のカバンがあったように見えたのだが、まあ気のせいだろうと後部座席の扉を開くと……
「おはよう」
 寝起きなのだろうか、いつもの声を更に低くした声で、承太郎が挨拶をした。後部座席の奥に、その巨体を狭そうに収めている。
「あ……移動、ですか?」
「昨日急に決まったことだが、今回の出張に私も同行することになった」
「へっ」
「なんだその間の抜けた声は」
「あいや……驚いて」
「そう驚くことでもないだろう。あの遺跡は危険があるからスタンド使いのフォローもあったほうが当然いいだろうし、波紋について詳しいエリザベス・ジョースターは私の曾祖母だ」
 今彼女はもうジョースターではなかったな、と訂正を入れていると、運転手が扉を外から閉めた。ぼんやりしていてそんなことも忘れていたようだ。
(なんてこった……裏目すぎる)
 車は固まったままの公子を空港へと運んでいった。

 イタリアでの生活の本拠地は部屋をリースすることになっているのだが、今日は移動時間がないのでとりあえずホテルだ。チェックインを済ませ、荷物を持つポーターの案内に二人がついていくと、扉の中間で立ち止まった。どうやら部屋は隣接しているらしい。各部屋に荷物を入れる終わり、チップは承太郎がユーロ紙幣をまとめて渡してくれた。
「今日は移動で疲れただろうからゆっくり休んでくれ。明日財団の方に顔合わせに行く」
「はい。おやすみなさい」
 それぞれの扉がパタンと閉まる。公子はエジプトへのあの道中、香港で承太郎に同じようなことを言われたのを思い出した。移動につぐ移動でへとへとになっていた公子に、ゆっくり休めと声をかけてくれたのだ。
(……今回は飛行機が落ちなくてよかった)
 二度の墜落を経験している公子は、何事もなく目的地に辿り着けたことにほっとした。もしかすると承太郎も同じことを思っているのかもしれない。彼もまた、同じ経験をしているはずだから。そこに、公子の姿はなくとも。
(とりあえず今日は本当に早く休もう)
 シャワーで風呂をすませ、下着とキャミソールだけという格好で布団の上に倒れこむ。長時間の移動で肉体的に疲弊していた公子はすぐに意識を手放してしまった。




「公子。すぐに迎えに行く。そっち≠ヨ行く方法は見つかった。こっち≠ヨ戻る方法もわかった。だが何度も行き来できるものじゃあない。失敗しないように、方法を確実なものにしてから行く。もう少しだけ待ってろ」




「おはようございます」
 夢というのは起きた瞬間までしか覚えていない。昔の夢を見たということは薄っすらと覚えているのだが、誰とどんなことをしたのか、朝食をとっている今はもうすっかり忘れているのだ。
(んー、何か夢見た気がしたんだけど思い出せないなぁ……デス13だったりして)
 あのエジプトへの道中で戦った連中も、一部はまだこの世界のどこかにいるのだと思うと不思議な感覚だ。特にホルホースとはどこかでばったり出くわしそうな気がしてしまう。
(まあ向こうは私のこと知らないだろうけど)
 チェックアウトを済ませ、鉄道で移動する。現在いるフィウミチーノ空港からローマ市内までは約一時間といったところか。
 部屋に荷物を置く前に財団に顔を出して、それから買い出しをすれば今日の予定は終了するだろう。道中特にトラブルもなかったのだが、問題は買い出しに出かけたときである。
 承太郎がカゴに入れる品物の量からして、彼もかなりの長期滞在をするつもりなのだろう。
(まさかこっちにいる期間って同じくらいの長さなのかな?い、いや、この人には本職があるし?)
 てっきり一週間程度で帰るものだと思っていたが、部屋の掃除用洗剤を買っているところを見てどうやら本当に数か月単位での滞在になるのだと知った。
 公子は帰る場所が文字通りないので永住しても構わないくらいの勢いなのだが、彼は違う。家がある、仕事がある、娘がいる。
 大量の荷物を抱えて滞在するアパートへとたどり着いた。そういえば財団に顔を出した時に荷物持ちと案内に誰か一人つけますよという申し出を承太郎が断っていたが、公子はてっきりそこで新居の鍵をもらえるのだとばかり思っていた。
 承太郎は鍵で自分の部屋を開いているが、公子には鍵がない。
「どうした、入らないのか」
「いえ、私の部屋の鍵、渡されてなくて」
「ここだ」
「え」
「二人暮らしだ。扉を早く締めてくれ、虫が入る」
 言われるがままに玄関に入り、扉を閉め、荷物を下ろす。既に家具が揃っているとはいえまだ生活感のない室内は妙なさみしさがあった。
「えーと……このルームシェアの期間って、どのくらいですかね」
「やはりいやか」
「いやというより……そ、そうですね。異性と同じ部屋で暮らすというのは抵抗がありますね。すみません、一人だとばかり思っていたので」
「同行は急遽決まったことだからな。別の部屋の手配は今しているところだから少しだけ耐えてくれないか」
「あ。あの、むしろ私が至らずにご迷惑かけるんじゃないかなーって心配しているというか。ま、まあとりあえずホテルに行きますよ、今日は」
「金はどうするんだ」
「う」
「悪いが俺も手持ちの現金がないし、カードはわけあって使用を控えたい。どうしても耐えきれないというのなら俺がその辺のバルで夜を明かそう」
「イタリアって深夜営業してる店少ないですよね」
「……詳しいな」
「昔イタリアでも戦いましたので。あの。どうしてもいやだとか、そういうわけじゃないんです。私だけが変に意識しているようなので、承太郎さんが平気なら構いません」
「私も全く意識していないわけではない」
「えっ……」
 なにを、どんな、とその話題を掘り下げることはできず、何だか妙な空気のまま各々荷物の整理に当たった。
 ここは元々公子が一人暮らし用に借りていたアパートのはずだが、それにしては2LDKというかなりの広さだ。個室がそれぞれにあるというのはこの状況で本当に助かる。
「それじゃあ私がこっちの部屋使いますね」
 自室に入って荷物を広げる。遠くからごそごそと聞こえる同居人の生活音に、いつまで緊張し続けるのだろうか。


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