小説 | ナノ

 泊まっていってちょうだいと強くお願いしてくるホリィを、やはり家族水入らずでと振り切って公子はビジネスホテルにチェックインをしていた。夕食はご馳走になったのでコンビニで買ってきたお菓子をつまみながらテレビをつける。
 久々の母国語と、日本人受けする内容の芸人のトーク。それに画面に映る人々は皆平たい顔で、なんだかホッとする。
 明日の予定は空条一家とは別行動だ。まずは花京院の墓参りと、そして公子の実家を探し、この世界の主人公子という存在があるのかどうかを確かめに行くこと。
 正直、そういったことにさほど興味があるわけじゃない。ただ、漠然とジョースター一族を救っていったら元の世界に戻れると思っていたのだ。それが一向に世界を移動する気配がなく、この世界に死ぬまで留まるときの覚悟が必要だった。
 そう腹を括るために、最後に実家を、出来れば家族の姿を見たい。そしてもしそこで、この世界の公子がスタンドの存在も知らず暢気に出勤している姿を見ることが出来れば、諦めがつくと思ったのだ。
 もし見つからなかったとしても、探すという行為自体が、自分の世界への未練を断ち切る鋏になるような気がする。

 午前中に公子が訪れた花京院家の墓の前に、午後三時現在空条親子が揃っていた。新しいものに取り替えられた花と、途中で折れて火が消えてしまった線香がある。
「てか同じところに来るのに何で別々に移動するわけ?」
「お前も公子の経緯は聞いたんだろう。ここに眠る人は、公子のことをまったく知らない。だが公子はその人のことを知っている……いや、よく似た人か」
「ややっこしいなー。いーじゃん別に、死後に知り合いになったって。私だってカキョーインサンのこと知らないし、この人も私のこと知らないんでしょ?」
「そうじゃない。公子は、生きている花京院を思い出すのに、死んでしまった花京院を利用しているんじゃないかという負い目があるんだと、俺は思う」
「ハァー。日本人の宗教観って本っ当わかんないわ」
「そういやお前宗教に属してるのか?」
「クリスチャンよ、私」
「……信じがたい」
「ママがそうだからって感じよ。敬虔な信者、ってわけないわよ当然。でもまあスタンドに目覚めてちょっと思ったわ。もしかしたらイエスさまもスタンド使いだったのか、も。なァんてね。でもそれなら石ころをパンに変えたって話も信憑性あるんじゃない?」
 スタンドに時として奇跡を起こす程の力が宿るのは、二人とも身をもって知っている。では、死ぬはずにあった運命を切り開いて現れた公子もまた、スタンドなのか。
(この世界は……いや、今まで公子が訪れた世界は、彼女が望んだ結末を迎えるための世界?俺たちは彼女の願望の産物なのか?)
「父さーん、火持ってないの?」
「やめて二十年近く経つな」
「どうやってこの線香に火ぃ付けるのよ」
「ああ、そっちか」
「アタシ煙草吸わないしぃー」

 その日の夜はレストランで公子と空条親子が合流した。徐倫が日本で見た面白いものの話をするのを、大人二人が黙って聞いているという図だ。公子の年齢は……徐倫以上、承太郎未満とだけ言っておく。
 だが徐倫との方が年齢差が小さい。だからこそ、このテーブルの食事風景が夫婦と娘にはならなかった。母と娘というよりは姉と妹にしか見えないという理由よりも、公子にとってこの承太郎だけは異性としてみることが出来ない理由がある。
 それは、花京院の墓参りを別々に行ったのと同じ理由だ。誰も死ななかった世界線の、十七歳の彼を、好きだった。だから今目の前にいる、犠牲者が出た世界線の四十歳の彼を、十七歳の彼の身代わりにしてしまうような気がして。
 カチャカチャとカトラリーと皿がぶつかる音がむなしく響く。公子にとってこの承太郎は、死線を潜った仲間であるのと同じくらい、承太郎としてみてはいけない人という奇妙な関係にあるのだ。必要以上に距離を詰めてはいけないという想いが、食事の場だというのに会話をするのも憚ってしまう。
 そんな重い空気の食卓だからこそ、徐倫の明るい声と話に救われる想いだった。
「すっごいリアルに作ってあるもんだからさ、私、日本では雑貨店でも寿司が出てくるんだって思ったのよ。で、恐る恐る触ってみたら固い!で、やぁっとこれが寿司のレプリカだって気づいたの。すーごかったわ。寿司マグネット十個も買っちゃった」

 早めの夕食をすませ、最後に夜の街をうろうろする。日付が変わる頃には飛行機の中にいて、明日の夕方にはアメリカに戻っているだろう。きっと、この国に戻ってくることは二度とない。この国にいると、思い出すものが多すぎて。


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