小説 | ナノ

 いわゆる必要悪というやつだ。ギャングという存在は法に反してはいるのだが、彼らがいないと秩序が成り立たないという側面もある。
 ジョルノの就任以降、ナポリ周辺から徐々に闇に潜んでいた麻薬や未成年売春などの事件は立ち消え、それと同時にパッショーネの面々が今まで以上に堂々と表へ出てきた。ジョルノいわく、
「太陽から顔を背けないといけないようなことをした覚えはありませんから」
 昔から特にブチャラティは地元住民に慕われており、そんな彼の仲間であるジョルノやミスタたちもまた、街と、そこに住む人々からなくてはならない存在とされていた。
 が、この状況を面白くないと思う存在はいつの時代も存在する。例えば、先ほどのジョルノの言葉を借りるなら太陽に顔を背けないといけないようなことで汚い金を稼ぐような他のギャングの連中。そして、警察。
「ですから警部!何故白昼堂々ギャングが大手を振って歩いているんですかっ!そしてそれを何故私たちは取り締まれないのですっ!?」
 ジェラートをほおばる恰幅のよい警察官と、その足元でキャンキャンと子犬のように騒ぎ立てる少女。いや、少女のような外見ではあるが彼女もきちんと警官の制服を規定どおりに着用している。
 シャツをはみ出させている男よりも、身なりだけを見れば立派な警察官に見えるのだが、市民が彼女を頼りにする図がどうしても思い浮かばない。どちらかというと彼女は保護されて近くの交番にとどけられるのではないかというような容姿だ。
「何故ってお前、おばあちゃんに挨拶してピッツァを立ち食いしてるだけで逮捕出来るわけないだろ」
「しかし、彼はパッショーネの代表とその側近です。ギャングなんですから早めに芽を摘むべきでは!?」
「だからな……っと、電話だ。はいもしもし」
(つまり、癒着ってことよね……!)
 殺気すらこもっているのではというような公子からの鋭い視線に、ジョルノはちらりと振り返った。

「あー、あの最近うろちょろしてる婦警か。すっげぇ敵意丸出しでこっち見てくるもんなァ」
 事務所に戻るとミスタが銃の手入れをしながら顔を上げずに答えた。弾倉部分を専用のブラシで丁寧に擦りススを落としていく。
「名前は知っていますか?」
「いんや。どうかしたのか?何かちょっかいかけてきてんのか?」
「いえ。逆にちょっかいをかけたいなと思って」
 ミスタの指先から小さなブラシが転げ落ちた。それを慌ててピストルズが拾い、やかましく文句をつけているが、本体は全くそれを聞いていない。
 ようやく顔をあげたミスタが見たのは、いたずらっぽく笑う上司の顔だった。あまりにもきれい過ぎるその笑みに怖さすら感じる。
「頼むから厄介ごとは持ち込まないでくれよ」
「僕がそんなヘマをすると?」
「……いや」

 パッショーネの面々を取り押さえる!と言ってはいるが、実際に公子にその権限はない。何せ彼女は日本の警察で言う交通課所属であり、主な仕事は駐車違反の切符を切ることにあるからだ。
 もちろん目の前で犯罪があれば現行犯逮捕することは可能ではあるが、そのような事件は滅多にない。
「精が出ますね、婦警さん」
 いつもどおり切符を切る公子に背後から声がかかった。その涼しい声色に、不覚にも公子は一瞬ドキッとしたのは確かだ。だが振り向いてみればその独特な前髪に公子は閉口するしかなかった。
「道を尋ねたいのですが」
「あ、はい」
「このあたりで美味しいケーキ屋さんご存知ありませんか?出来ればプリンをおいているところがいいんですが」
「……」
「どうしました?」
「いえ。ここにはたくさんの菓子店がありますから」
「じゃあ婦警さんのお勧めを教えてください。それと、あなたの名前も」
 警察は、市民に名前を聞かれた場合必ず応じねばならない。
「公子・主人です」
「もしかして、日系人ですか?」
「ええ、そうです」
「僕もなんですよ!」
 それからというものの、何かにつけてこの少年は町で出会うたびに話しかけてくる。おかげで互いの名前と好きなケーキ屋以外にも様々なことを知った。ジョルノは、職業以外のことは全て包み隠さず彼女に話していた。

 ある日曜のマーケットのことである。人出のある場所には違法駐車も多くあるものだから、公子の仕事も大忙しだ。次の車を探して近辺を歩いていると、乾いた音が二度聞こえた。パン、パン、と連続した破裂音。交通課といえど公子はその音が何なのか即座にわかってしまう。銃声だ。
 公子は引き絞られた矢のように音の方角へ駆けつけた。そこに辿り着くまでの間に、我先にと逃げようとする無関係な市民が濁流のように押し寄せ、公子の小さな体をつぶしていく。
 周囲の人間は自分よりも背が高く、公子は近くのテントの柱に必死にしがみつくが何が起こっているのかすら把握が出来ない。まるで救済を祈るようにとうとう膝を着き、天を仰いだ。
(あれは……パッショーネの幹部?)
 空に映し出されたのは、ミスタの影。その姿がまるでスローモーションのように見える。彼の手に握られた小さな拳銃が前方に構えられると、空中という不安定な場所で迷いもなく発砲した。彼が狙ったものは何なのか、それを見るには公子の身長が足りてないため分からなかったが、今間違いなくこの人ごみの中で、彼は発砲した。
 幼い子供が、はぐれた母を求めて泣きじゃくる。足を怪我した青年が、動くことも出来ずその場で恐怖に怯えている。もしもあの弾丸が、狙っていないとはいえそんな無関係な市民に血を流させるようなことでもあったら……。
(違う。今の私がするべきは、市民を助けること)
 公子は子供を小脇に抱え、青年に肩を貸し、その場を離脱することを優先した。

 犯人確保までの流れに、公子が参加することはなかった。だが別にそこに不満はないし、この仕事をヒーローになりたくてやっているわけではない。自分が出来ることを最大限に行い、怪我人や子供の保護に当たった。
 それなのに、それだけで十分なはずなのに、やはりこう思ってしまう。
(パッショーネの連中をもっと早くに捕まえていれば、今日の惨事は防げたんじゃないか)
 それから数日、ジョルノが公子の仕事を邪魔しに来ることはなくなった。ぼんやりしていると冷たい飲み物をいきなり頬に当ててきたり、川の向こう側から大声で名前を呼んだり、公子の日常の一部になりかけていたものの一切が消え失せた。
 理由など考えなくとも分かる。あれはパッショーネが関係している抗争だ。ボスが街中を大手を振って歩けるわけがない。
「公子っ!」
(ってうわー!大手を振ってるーっ!)
「いやー、最近ちょっと缶詰状態でして、ようやく解放されました」
「ちょ、ちょ、あ、あなたが外をウロウロしてると、色々と危ないのよ!そのせいで他の人が巻き込まれたらどうする気!?」
「先日のアレのことですか?」
「そ、そうよ!」
「何も聞いてないんですね。アレは外国人のテロでしょう」
「それはニュースで見たけど、そんなのは建前ってやつでしょう!?」
「何故建前だと思うんです。僕がギャングだからですか?」
「自白したわね!」
「別に元より隠してるつもりはありません。あなたのお仲間にも色々と聞かれましたが全て包み隠さず答えました。それでも僕はあなた方の世話になるようなことはありません。僕は僕自身の正義に殉ずる覚悟があります」
「あなたの正義って……?」
「太陽から顔を背けないといけないようなことをしないということです。そして僕の太陽は公子、あなたですから」
 そう言って手を取るこの男の言葉を、信じていいのか。判断をする前に掌に唇を落とされた。
「Sei il mio sole……いや、'o sole mio、と、言っておきましょうか」

 あなたは、私の太陽。'o sole mio.


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