小説 | ナノ

 正に一触即発という状態である!
「公子、ミュシャ展に行きたいって言ってたでしょ。チケットが取れたから僕と一緒に行かないか」
「あ、もう行ってきたんだ、実は」(というか花京院くんには行きたいってこと喋ってない)
「そっかー……承太郎とかー……」
「えっ!?」
「おお、そうだぜ花京院」
「空条くん!?」
「残念だったなァ……およびじゃねェよーで」
「ほぅ……」
 クラスメイトたちがさりげなく物理的な距離をとっていくのがわかる。教室で暴れまわるほど粗野な二人ではないのだが、このなんともいえないオーラに当てられて皆自主的に教室を出て行くのだ。
 この一見危うい関係に、クラスメイトからは「早くどちらか決めろ」という声と「振られた方の怨嗟の声が怖いからこのままそっとしよう」という声の両方が上がっているが、どちらにせよ公子の意向はまるっと無視されている。
 そして無視しているのは外野だけではない。
「公子、よく芸術を理解しなさそうな人と一緒に行ったね。つまらなかったでしょ?僕ともう一度行こうよ」
「やめとけ。そいつの頭でっかちの薀蓄聞きながらじゃ気が散って絵に集中出来ねぇぜ」
 本人二人もまた、公子の意見を聞かずに俺が・僕が、いいはずだと思い込んでいるのである。
(やめれ……)

「公子、十四日空いてる?ゲームのロケテストっていうのがあってさ、一緒に出か……」
「女相手にゲーセンかよ」
「なんだよ承太郎。君に文句を言われる筋合いはないね」
「いーや、バカでけぇ音とヤニくせぇ薄暗いとこにコイツをつれてくなってことだ」
「君の学ランが一番ヤニくさいよ。ホリィさんに手間をかけさせるのはそろそろ卒業したらどうだい?」
 クラスメイトは「まーたはじまった」という顔をしてその場を離れていく。一方の公子はその騒ぎ声にようやく目を覚ました。そう、頬杖をついた状態で眠っていたのだ。
「二人とも静かにしてよもう……」
 だがヒートアップした二人の耳にその苦情は届かず、公子がその場を後にするしかなかった。
(何かどっちかが言ってたような気がしないでもないようでもないような……ないような……まあいいや)
 その日の放課後、この二人に見つかる前に公子はこっそりと教室を抜け出す。たまには同性同士で騒ぎ立てる用事だってあるのだ。
「お待たせ」
「見つからなかった?」
 ぐっと親指を立てると友人と二人で駅から少しはなれたところにあるカフェに行く。美味しいケーキを食べながら小さな庭と北欧インテリアを眺めることが出来るおしゃれな店は、やはり女子同士での利用が一番楽しい。何より公子にはお茶やケーキやインテリア以上の目的がその店にいる。
「ご注文お決まりでしょうか?」
 注文をとりに来た温和な笑みを浮かべた青年。この店に通いつめてようやく顔と名前を覚えてもらった公子は、その目的の店員さんと視線が交差し、恥ずかしくなってメニューの方に視線をそらした。
「NYチーズケーキとセットでアイスティーのストレートで」
「私も」
 ケーキが来るまでは他愛のないおしゃべりに花を咲かせる。授業の話、部活の愚痴、ドラマの感想。そこから話はさまざまな方向に展開し、友人の家で飼っている犬の話になった。主人家はマンションなので動物の飼育は難しい。昔縁日で買った金魚を育てていたことはあるが、もふもふのふかふかと一緒に生活するという憧れはある。
「何ていう種類の犬だっけ」
「バセンジーだよ。写真見る?毛がもこもこってわけじゃないけど」
 生徒手帳に挟んである写真を見ていると、後ろの席の食器を片付けに来た例の店員さんがそっと覗き込む。
「あ、失礼」
「い、いえ!」
「犬、お好きなんですか?」
「はい。あ、でもこのこはこっちの家の子で、私、犬飼えなくて……」
「僕もなんです。アパートに一人暮らしなんで、外にいる間面倒見る人がいないから難しくて。実家で飼ってたので寂しいんですよね」
「あっ!それなら……これどうです?」
 カバンから取り出したチラシには「世界のわんちゃん大集合!」と書かれたカラフルな文字があった。
 期間:5/14・15
「うわあ、いいなあ」
 店員さんが子供のように目を輝かせ、視線をチラシに釘付けにしている。
「二人で行ったらどうです?」
「え?」
「ね。公子も犬大好きだもんね!」
(ナイスアシストっ!)
「よ、よかったら僕からもお願いします。男一人だとなかなか行きづらそうで。十五日僕ここでバイトなので、十四日、どうです?」
「は……はいっ!」

「公子ー。十四日のロケテ……」
「花京院、テメェ昨日言ったこと忘れたのか」
「え?十四?」
「あ、ああ。空いてないかな」
「ごめんね、予定あるんだ」
 それから十四日までの間、公子はなんだか浮ついたような文字通りふわふわとした感覚で過ごしていた。着ていく服、メイク、香水は犬がいやがるからつけていかないとして、制汗スプレーも無臭のものを買わねばと頭の中は既にデートが始まっているような状態だ。
 そんな心ここにあらずな状態に、日ごろから公子しか見ていない承太郎と花京院が気づかないはずはなく。
「……チッ」
「……ふぅん」

 世界のわんちゃん大集合でもふもふと気になる人とのデートを堪能した公子は、翌々日の月曜の朝から機嫌がよかった。デートの報告を友人にしたいけれど、そうなるといつものあの店は使えないし、今日はどこへ出かけようかと頭の中で地図を広げていると承太郎が耳元で息を吹きかけるように囁いた。
「よぉ」
「ひっ!びびびび、っくりしたぁー。な、なに急に」
「今日ちょっと付き合って欲しいんだが」
「え?あー……今日は友達と予定があって」
「明日は?」
「えー……」
 普段ならここで花京院の邪魔が入るのだが今日は駆けつけてくる様子はなさそうだ。
「手帳見ないと」
「教室にあんのか?いこう」
「あ、うん」
 教室内では花京院は文庫本を読んでいた。入ってきた公子と承太郎を一度チラと見たがそれからまたすぐに本の内容に目線を戻す。
「まあ、明日なら平気、だけど」
「そうか。……今月はもう予定ねぇのか?」
「人のスケジュール覗くなっ」
「いいじゃねぇか。俺らで埋めてやっから」
「ら?」

 それからというものの、交互に、あるいは三人で遊ぶことが多くなった。今までどちらかが邪魔をしにはいってきてその隙に逃げるという戦法できた公子はこの状況に戸惑いながらも、はっきり断れない性格のせいでずるずると予定を埋め続けていった。
 ごくたまに友人と例のカフェに出かけては、あれ以来連絡も取れずに疎遠になってしまった店員さんを遠目に見るばかり。
 ある日、三人で花京院の家のゲームをしながらのんびりとコーラを飲んでいるときになんとなく疑問を口にした。
「最近二人とも仲いいけどどうしたの。まあ仲いいからケンカっぽいことしてたのは分かるんだけどさ」
「ああ。足を引っ張っても自分の位置が上がるわけじゃないって気づいたからね、二人とも」
 対戦格闘ゲームのやりすぎで主に左の親指が痛い。豆になりそうだ。負け抜け方式をとっているから先ほどから花京院がコントローラーを独占してもう一つの方を公子と承太郎が交互に遊んでいる形なのだが、花京院の親指はもう皮がずいぶん厚くなっているようだ。
「はい、承太郎の番」
「おう」
 画面上で二人のキャラクターが必殺技の応酬で暴れまわっている。以前はこの画面のように二人が言葉で争っていたのだが。
「何かよく意味が分からなかったんだけど、さっきの答え」
「つまりだな、俺らが邪魔しあうとお前はその隙にふらっと逃げちまうだろ」
(まあね)
「だから協力して外に逃がさないようにしたんだ。相手が俺たちのうちどちらかであればそう焦る必要もねぇし」
「僕もまあ、承太郎となら“シェア”するのも悪くないかなって。もちろん独占欲はそれなりにあるけど、それより知らない人に取られてしまうことが怖い」
「あの……?」
 花京院の連勝記録が四十一で止まった。ライフがなくなった花京院の使用キャラが倒れこんだまま動かない。花京院の手も、語りながら止まっていたのだ。
「僕はもう、君が知らない男と一緒に出歩いてるのを見たくない」
「……なに?」
「どこか遊びにいくんなら、僕を誘ってよ」
「おい花京院、お前は一人でゲームやってろ」
「いやだよ。それにこういうときは二人で一緒に、って約束したでしょ」
「……チッ」
 プレイキャラセレクトの画面で、カーソルが動かなくなる。選択残り時間がゼロになり、自動的に戦闘シーンへ突入する。だが、どちらのキャラも動かない。もう誰もコントローラーを握っていない。
「公子、今日も明日も明後日も、連休はぼくたちと遊ぶ約束にしようね」
「どこか行きたいところはあるか?あの喫茶店以外ならどこでも連れてってやるぜ」


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