小説 | ナノ

「主人さん、美容師目指してたんだってね」
「はは。専門出た程度ですがね」
「ちょうどいい仕事があるの。ジョースターさんとこのサポートで、変装のために髪を白髪にする必要がある人がいてね」
「?」
 仕事の説明を一通り受けた公子は、その日慌ててドレッドのセットの仕方を本で調べた。

「せっかくですから、少し毛先も整えましょうか」
 アヴドゥルのあの独特な髪型を解くと、驚くほど長く伸ばされた長髪が現れた。その黒くて長い髪に銀の鋏が入っていく。
 ドレッドヘアは頭髪へのダメージをかなり与えるうえに、一度へアセットしたら三日ほどは髪の毛はそのまま。従ってロクなヘアケアも出来ないためかなり痛んでいるようだ。更に長旅による疲れが見えている。
「カラーリングはお風呂で落とせるやつでいいですか?」
「ああ。いつまでも白髪というのはな。……それに」
「それに?」
「私の顔はどうも実年齢よりも上に見えるらしい。白髪だと本当に親世代に見られかねない」
「本当にそう見えるように頑張って仕込みますよ」
「フフ」
「ところで、これほどまでに入念に変装する必要あるんですか?」
「ああ。何せ買い物が買い物だ。財団が購入すると用途を突き詰められるだろうし、私個人で買うにしても若造だと相手にしてもらえない。……いや、そんなことは建前で、実はポルナレフが驚くところが見たい」
(意外とおちゃめさん)
 実は公子とアヴドゥルがこうして話をするのは初めてではない。SPW財団の超常現象解明部門に属する公子は、以前からスタンド使いと交渉することが多く、ジョセフとアヴドゥルを引き合わせたときも間に立っていた。
「そういえば、何故美容師からこんな仕事に転職することにしたのか聞いてもいいかな?」
 髪の毛をされるがままにしておくだけというのは少し退屈なようだ。客側から話しかけてくるというのは、美容師の仕事をしていると少なくない。
「実は、スタンド使いに昔手を傷つけられて、仕事として手を使うことが難しくなってしまったんです」
「あ、すまない」
「いえ。あ、大丈夫ですよ、長時間使わなければ問題ないので、アヴドゥルさんのカラーリングも完璧にやってみせます!」
「いや……少し話を変えよう。君の、好きなことに」
 公子の好きなものは何なのか。それは趣味や音楽にはじまり、作家、料理、ファッション、はてはスポーツ選手やら花やら、ジャンル問わずさまざまなものにまで質問が及んだ。
 読んだ本の話ならすぐにスラスラと言葉が思い浮かぶのだが、好きな花と言われても今までコレが一番などと考えたことのない公子は頭を悩ませた。
(そもそも花の種類をそんなに知らない)
 しかし花にも詳しい女性らしい一面をアピールしたかったので、とりあえずダリアと答えておいた。花の形の種類がたくさんあり、実際にどれも可愛らしい花だとは思っている。
「じゃあ、好きな画家とかはいるか?」
(えー、わかんないよおおお!)

「……で、出来ました!カラーリングだけですけど!」
 長い髪全てに白が行き届いたようだ。ところどころ黒く残っているのはわざとで、自然な白髪に見えるように混ぜているのだ。
「あとは編んでいきましょう」
 しかしここからが長いのだ。セットするための針を一度グッと力をこめて握り気合を入れなおした。パーマをかける必要はないのだが、この独特のヘアセットを一から行えるのが公子一人なのでほぼ一日を費やしてしまう。
「よし、はじめていきま……」
「……どうかしたか?」
「あ、いいえ」
 今まで染料が服につかないように首から下はクロスをつけていたのだが、それを取り払うとがっしりとした戦う男の肉体に白髪がかかる背中が見えた。窓から入る光が戦士の姿を神々しく照らしているような錯覚さえ覚える。
 それでいて荒々しいものは微塵も感じない。静たるを知っている、知的な年配の男性のような雰囲気。父親のような安心感と、どっしりとした男の魅力。
 つまるところ、公子のストライクゾーンど真ん中である。
「でっ、では少しうつむいて下さい」
 今まで会話が続いていた分、今このタイミングで沈黙されると公子が一方的に気まずくなる。しかし集中したい公子の邪魔をしないようにか、アヴドゥルから会話をふることはない。
(あう……わ、私からも話題ふらなきゃ。人に丸投げよくない!)
 そうするとやはりまたお互いの話になるのだが……。
「こ、今度はアヴドゥルさんの好きなものの話しましょう!えと、食べ物から!」
 まるで幼稚園児へのインタビューかと思うような稚拙な内容しかふることができない。自分の中の話題性の少なさをこれほどまでに嘆いたことはないだろう。
「食べ物だとやはり寿司だな。公子が日本人だからおべっかで言っているわけじゃない。今まで魚を生で食べたことがなかったからあれは本当に感激した」
「あ、で、では次ですが……好きな音楽……はさっき話したし、好きな本……も聞いたか」
「大体のことはカラー中に二人で話したな」
「ですね……」
 万策尽きる……いや、策が万どころか「好きな食べ物は?」の一つしかなかったのでこの言い方は不適切だろう。
 しかしそこにアヴドゥルが大げさなほどに大きな咳払いをして話題の主導権を優しくさらっていった。
「で、では。公子」
「はい?」
 改めて名前を呼ばれると何だか変な感じだ。アヴドゥルの方も次の話題を言いよどんでいる感じがするし、ひょっとして今までの施術で気に入らないところでもあったのだろうか。
「まだ聞いていない、好きなものがあった。……公子の好きな……男性の、タイプは」
「へっ」
 素直に答えるならば、目に映っている姿をそのまま描写して口に出してしまえばいいだけだ。
「あ、えと、これはじゃあ、アヴドゥルさんからどうぞ」
「ずるくないか」
「ずるいのはそっちですよ!急に、こんな話題……」
「いやだったのなら謝罪しよう」
「いいいいやじゃないです!でも!先に、アヴドゥルさんのほうから聞きたいです。ちゃんと答えてくれたら、私も言いますから」
 動揺で思わず止まっていた手を慌てて動かしながら、顔を真っ赤にして俯いた。彼の背後に立っているのでこの顔を見られることはないとほっとする。
「そうだな、私は……頼りがいがあって気さくな人と気が合うな。ジョースターさんとか」
「え」
「私は好きな“男性”のタイプと聞いたからな」
「ずーるーい!」
「ハハハ。騙された公子が悪い。さぁ、約束だ。聞かせてくれ」
「……わ、私は父のようなタイプですね。父はよく遊びに連れて行ってくれましたから、いろいろなところに一緒に行ける“友人”にもなれると思いますよ」
「そうきたか」
「そりゃそうですよ」
 アヴドゥルのトレードマークの、あの螺髪のようなものが大分出来上がってきた。アヴドゥルも手持ち無沙汰なのか付け髭をあごか鼻の下につけるか、当てて見ながら考えているようだ。
 公子の動揺が収まったところで、アヴドゥルがもう一度咳払いをして話を切り出した。
「では今度は、結婚したい相手はどういったタイプか、聞かせてもらおう」
「えー」
「これならば私もさっきのようなイカサマはできないだろう?」
「つまりそちらから先に聞かせてもらえるってことでいいんですね」
「あ、しまった」
「ふふっ」
「まあいい。それより、さっきの君の好きな男性のタイプの話と組み合わせると……父親のような男性が、ということになるのだが……」
 椅子に引っ掛けてある大き目の鏡で、背後に立つ公子を見ながら髭をつけたアヴドゥルが笑った。
「なかなかいい変装だな。本当に私たちの父親世代に見えてこないか」
「そりゃ私が手がけてますし!……えと、それってどういう意味です?」
「私が結婚したいタイプの女性は、仕事や趣味に熱心で、気さくによく笑いかけてくれる君のような女性だ。さあ、次はそちらが教える番だぞ」
 ヘアセットが仕上がり、立ち上がったアヴドゥルがこちらを向く。鏡越しではなく、直接こちらを見つめる白髪交じりの好みの男に、公子は疲れもあいまって立ちくらみを覚えそうになった。


prev / next
[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -