小説 | ナノ

 主人公子、現在の職業、バックパッカー。……これは職業と呼べるのだろうか。
 大学生のときの国内貧乏旅行に端を発し、地球上のあらゆる場所をこの足で歩いてみて回りたいと思って早ウン年。周囲からはいい加減に落ち着けと言われていたのももうすっかりと誰も何も言わなくなり……というよりも日本に戻っていることが少ないため小言をいわれる機会がそもそもないのだ。両親ももう諦めているようで、必要があって連絡をすれば、
「公子!アンタ生きとったのか!」
である。

 大都市にあまり興味がなく、政治的な情勢もあり避けていたエジプトに足を踏み入れたのは真夏の暑い日ざしが肌を焼く頃。やはり灼熱の砂漠は灼熱の季節に来なければというこだわりでわざわざこの時期を選んだ。
 もちろんピラミッドだのスフィンクスだのといったザ・観光名所は興味ナシ。とりあえず宿を取ろうと街の中心を歩いていたところだ。
(ん……あの人デカっ……ああ、外国人か)
 人で賑わう夜の通りに、頭一つ飛びぬけて金髪が目に入った。エジプト人の平均身長は日本人とさほど変わらないため、その男は周囲と比較して更に大きく感じられる。
(おでこにハートて……チャック全開て……世界中色々な人を見てきたつもりだったけど、まさか中東にこんな面白白人がいたなんて……あれ?)
 その面白白人が、どんどんとこちらに迫っている。この人波の中、現地の人たちが彼のために道を開けるかのように避けて通る。近寄りがたいオーラがあるのだ。そのオーラに公子もあてられ、道の隅に移動しようとしたとき。
「君」
 声をかけられただけでなく、肩を掴まれた。さほど力が篭っていないのに振りほどけない威圧感。そして全く血の気を感じない手のひら。
「宿泊先がなくて困っているのだろう」
 確かに公子は上から下まで文句のつけようがなく「バックパッカーです!」と宣言しているような格好である。大きな荷物を背負っているところを見ると、それを預ける宿をまだ決定していないのもすぐに分かる。だのに何故だろうか、心を読まれたのではないかと錯覚してしまう。この男を前に、平常心を保てなくなる。
「あっ……は、はぁ……」
 何とか返事をしながらも、この男は綺麗な発音の英語を喋るなぁと感心していた。
「ウチにおいで。部屋なら余っている。何より私が、旅人の話を聞きたい。 構 わ な い だ ろ う ?」
 色香を滲ませる声と喋り方は、旅の話を聞き終え夜も更けたあとの行為を暗に誘っているような含みを持っていた。そうでなくとも知らない男からの誘いにのこのこついていくなど、熟練のバックパッカーである公子は絶対に応じないはずである。だが、断ることが出来ない。この男の甘美な声に抗えない。
「ふふ……返事も出来ぬほどに威圧したつもりはないんだがな。まず、名前は言えるか?」
「……っ。主人、公子……」
「公子。私の部屋に来るんだ。私と友達に……いや、それ以上の仲になろう」
 名も知らぬ男の誘いに、公子は応じた。いや、応じてすらいないが、引かれる手に抗うことが出来なかった。

 公子がDIOの館を訪れて、三日目の夜。昼の間は部屋の扉を厳重に施錠されて出歩けないため、ここしばらく日光すら見ていない。ようやく訪れた自由時間、公子は館の中を歩き回っていた。
「あの、ダービーさん」
「テレンス、で構いませんよ。この館には今ダービーが二人居ますので」
「テレンス、さん。あの、パスポートを返してもらえませんか?私そろそろ次の街へ出かけたいんです」
「命令ですので、我が主に直接交渉なさってください。では」
 そのままテレンスはその主の部屋へ赴き、扉をノックする。
「DIOさま、ワインをお持ちいたしました」
「入れ」
 既に抜栓されたボトルをワインクーラーから取り出し、ラベルを見せてから注ぐ。完璧なワインサーブに対しDIOはつまみに用意されたチーズに手を伸ばしてさっさとつまんだ。
 トーションでボトルの口を拭い、テレンスの方から先ほどの話題を振る。
「パスポートを返して欲しいと、公子様にお願いされました」
「まだ抱いていないどころか手も出していないんだ。帰すわけなかろう」
「チーズにはさっさと手をつけられるのに」
「チーズと女を一緒にするなよ」
「あなたにとってはどちらも食料ではないのですか?」
「フ。私はお前のその豪胆な性格が気に入っている。公子も同じよ。世界中を旅行しているだけあってなかなかに肝の据わった女だ。そういう芯の強い女が私の前に跪くのが楽しいのだ。へし折るのは容易いが、蝋燭が時間をかけて短くなり、火を消してしまうように、あの女もそうやって反抗心を消してやりたい」
「だから肉の芽を使わないのですね」
「洗脳では意味がない。しかし……」
「しかし?」
「まさか私が負けるとは思わなかった」
「?」
「私のほうが折れてしまいそうだ」
「彼女のパスポートを用意しましょうか?」
「違う、逆だ。焼き払っても構わない。強引にでも抱きたくなった」
「なるほど」

(いい加減にここを出よう。パスポートはこの際諦めて、まずは大使館だ)
 だがテレンスが取り上げたのはパスポートだけではない。荷物全てである。たいしたものは確かに入ってないのだが靴すらないとさすがに外に出られない。
(外に出る必要もないとかいってとられたけど、そもそもエジプトって室内土足じゃん)
 自分が軟禁状態にあることにはすぐに気づいたのだが、脱出を試みても出口にたどり着いたことが一度としてない。今日もまた迷路のような館をひたすらにさ迷い歩くのだろうか。
(マッピングの必要があるかも)
 ため息をつきながら、今夜も公子は部屋を忍び足で抜け出した。
(あれ、ここに階段なんかあったっけ?)
 何だか周りの景色がおかしい。室内に景色という言葉を使うのが適当かどうかはよく分からないが、ともかくおかしい。見たことのない別の建物に足を踏み入れたような感覚だ。
(何だろうこの扉。今までのどの部屋よりも豪奢というか……)
 思わず立ち止まった部屋の前で、その扉が開いた。肩を跳ねさせて驚いたが更に驚くべきことに扉の向こう側に誰もいない。この扉はどうやって動いたのだろうか。
「公子。ここは私の寝室だ」
「ひっ!」
 突如背後から耳に息がかかる距離であの声がする。恐怖のあまり振り向くことができななかったがその声の主が誰なのかは見るまでもなく分かってしまう。
「君の方から尋ねてきてくれてうれしいよ。さあ、中へ……」
 動かない体はDIOの逞しい腕に抱かれ、入ったときと同じようにまた扉はひとりでに閉まった。
 ここまでの道を誘導するように幻覚を作り出していたケニーGが物陰から姿を現し、主の邪魔をしないようにその場をあとにした。

 押し倒されて触れた首筋にシルクの感触がある。建物も、調度品も毎日出てくる食事も、何もかもに金がかかっているのはよく分かった。だがその金の出所というのがイマイチ分からない。この男が一体何者なのか、館を闊歩する他の住人達の正体が何なのか。
「いつ、応じてくれるのかと思っていた。ずっと待っていたが、ようやく覚悟を決めたか」
「違っ!外に出ようとして迷ってただけです!」
「外……?ダメだ、この館から出ることは許さない」
「どうして!一介の旅行者に執着する理由が分かりません!」
「お前はもう外へはいけない体になっている」
「いいえ。私は自由の身です。あなたに縛られる理由など何一つない!これ以上近づかないで!」
「近づいたら、どうするつもりだ?」
 暗さでよく見えなかったDIOの顔が月光に照らされてハッキリと輪郭を取り戻す。赤い目は魔物を髣髴とさせ、恐怖を心の底から呼び起こさせるように光った。
「注意はしました……っ!」
 公子の手が右から左へ流れるように振るわれ、乾いた音を立てた。叩いたはずの公子の手が痛い。さすがに怒りを露にするだろうとツバを飲み込む公子に対し、DIOは薄く笑って見せるだけだった。平手も、止めるなり避けるなりできたはずである。だが、この男はわざと打たれて見せた。
 完璧な美を湛える顔に傷をつけた、という事実に、恐怖や後悔の念が襲いそうになる。だがここで気丈さを失えば、この化け物の前に永遠にひれ伏すしか出来なくなる。
(いや……でも、怖い……いっそ誘惑に負けてしまえればと思えてしまう……)
「なるほど、少し乱暴にされるほうが好みか?」
 平手を打って震える手を掴まれ、ベッドに縫い付けられる。精一杯の抵抗はDIOの嗜虐趣味に火をつけるには十分だったようだ。怒りはしていないが、楽しそうに笑うその顔が逆に不気味だった。その不気味の中にも美しさがあるのだからこの男は恐ろしい。
「心から服従させるのはどうやら相当骨が折れそうだ。だがやはり洗脳は味気ない。まずはお前に恐怖と屈辱を与え、誰の所有物になったのかを躾ける必要がありそうだな」
 もう十分に恐怖しているというのにこれ以上何をするというのだろうか。抵抗する手も逃げようとする足も動かなかったが、眼球だけはすばしっこくDIOの動きを追うように動く。この男が今から何をするのか、見たくもないのに目を離すことが出来ない。
 視覚に全ての意識を集中させた公子は、今起こっていることがスローモーションで見えていた。やはりひとりでに開く扉の向こうから現れた髪の長い美女が、首筋に手をつきたてられ、恍惚の表情のまま絶命していく。
「夕食の時間から二分ほど遅れたな。もう少し遅ければ血も吸わずに首を刎ねるだけにするところだったが」
「ありがとう、ございます……DIOさ、ま……」
 女は体を痙攣させ、目を開いたまま動かなくなった。
「公子、質問はあるか?何故私の手はカタナの様に首筋に突き刺さったのか。何故手を抜いても血が流れないのか。いや、聞きたいのはそうじゃないだろう。自分も同じ目にあうのかどうか、だろう?こう、なりたくなければ先ほどの俺への無礼を謝罪し、奉仕に努めろ」
 奉仕とは、即ち。
「安心しろよ。謝ってさえくれればそれでいい。そして、俺の愛を受け取ってくれるのならば、キスを」
 そう言ってベッドに戻りながら、DIOは衣服を脱ぎ去った。上は最初から何も着ていない状態ではあったが、ついには下半身を公子の眼前でそそらせ、そこに唇を要求した。
 一方での公子はというと、男性器が顔の前にあることよりも、あっという間に死に至った女の抜け殻にばかり気を取られ、とうとう手足だけでなく抵抗の意思も刈り取られた。
「申し訳、ございませんでした……DIO様……」
 小さく動いた口がそのまま触れる。不慣れに動く舌先が刺激を与えるたびに、DIOは満足そうに息を吐いて身震いするのだった。
「あまり怖がってばかりでは濡れないだろう。どれ、愛し合った仲だ。私の唾液で濡らしてやろう」
「……はい」
「誰が奉仕をやめろと言った」
 寝そべるDIOの姿勢を見て気づいた。つまりは交互にではなく同時にせよということだ。さすがにその体位に羞恥を覚えはしたが、まだ恐怖が勝っている。恥じらいを見せながら公子はDIOの顔にまたがった。
 優しい愛撫なのに電撃のような衝撃が走る。公子の体の跳ね具合で一番いい場所を探し当てたDIOは、そこにキスマークを残すように吸い付き吸血鬼の牙で表面を微かに引っかいた。
「んんんんんんんっ!」
 驚きのあまり口に含んだまま声を上げてしまう。声が発する微弱な振動が逆にもどかしく、DIOは摩擦を求めて腰を上下に振った。急な動きに対応出来ない公子の喉の奥まで入り込むDIOの男根。苦しそうな声と、眼前の淫乱な姿勢、そして強く扱かれたことで一気に精子が上り詰める感覚に襲われ、そのまま口内で吐き出した。
「飲め」
 言われたとおり、咳き込みそうになるのを押さえながら懸命に飲み込もうとする公子を見て、調教が一段階終わったことを確信した。
(だが、この程度ではまだだ。時間が経てばまた反抗心が芽生えるはずだ。そうなるように泳がせるのも悪くない、か?)


prev / next
[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -