小説 | ナノ

 深追いはするなというジョセフの悲鳴に似た叫び声が遠くなる。だが若い公子にはそれは臆病と慎重を混同した言葉なのだと思い、追跡の手を緩めなかった。
 DIOは今血を流している。今仕留めねばカイロの人々が犠牲になり、あの悪鬼が復活してしまう。ここに様子を伺うなどという選択肢は、ない。
「承太郎、花京院、公子を止めるんじゃー!」
 ハイエロファントの触手があちこちの建物に張られ、それを伝って二人は宙を移動する。だが、本体の移動能力を底上げする公子のスタンドに速度で追いつくことはかなわない。見晴らしのよい時計塔の上で夜の闇を動く者を探したが、
「見失ったか……クソッ」

 数日後、ジョセフの元に財団員が報告に駆けつける。黒人の神父が空条家に現れ、ホリィに何かを施して立ち去ったという。そうするとホリィの容態はみるみる回復し、日常生活に差し支えのないレベルになったとのことだ。急ぎホテルに戻り電話をするジョセフの後ろで花京院と承太郎は同じことを考えていた。
「主人さん。この戦いで欠けてしまったのは、彼女だけだ。僕は彼女を取り戻すまで日本には帰れない」
「ああ。幸い説教臭いアヴドゥルは入院中だ。このあとじじぃがガクセーは日本に帰れというのは目に見えている。俺たちだけで探しに行……」
「承太郎、花京院。今から飛行機の手配をする。お前達二人は先に日本に戻りなさい」
「……じじぃ。DIOのヤローを念写したのか?」
「ああ。ヤツは相変わらず暗がりが好きなようじゃな。今度はハエも映っておらん。ヤツの側に映っているのは……公子だ」
「!」
「見せろ!」
「ならん。居場所が特定次第お前達にも協力を頼む。だが写真を見せることも、捜索に関わることも断じて許さん!」
 ハーミットパープルが映し出した写真は、暗い部屋の中で全裸の公子を組み敷くDIOの背中だった。

 ガッ、と硬い音がすると、ポラロイドカメラが写真を吐き出す。カメラを叩く腕は金のブレスレットと紫の茨が纏われていた。
 時間と共に写真に画像が浮かぶ。外国人の女性が大柄な学ラン男を抱きしめている写真だった。その側には外国人の老婆と、赤い癖っ毛が少しだけ映っている。帽子で顔は見えないが学ランは承太郎、髪の毛は花京院のもの。そして外国人女性二人は承太郎の親族なのだということがハッキリわかった。特に中央に映る女性の首元には星型のようなアザがある。彼女がジョセフの娘、承太郎の母であることは間違いなかった。
「これでお前たちが私を倒す理由はなくなった」
「いいや、アンタが生きている限り多くの人間が犠牲になる」
「自ら命を差し出す人間ばかりだ。何の問題がある。お前は今まで自殺のニュースを見てその原因を取り除かねばならないと高尚めいたことを思っていたのか?」
「だけど目の前に原因があるのならぶっ壊しておこうか、くらいの正義感はあるわ」
「……そういう気の強いところが、私の好みなのかもしれんな。今まで生きてきた中で私が興味を持った女は皆お前のように気高い精神があった」
「嬉しくない情報だわ」
「抵抗するか?スタンドは出せるだろう。さあ、暴れてみろ」
 その挑発に乗ってここ数日、無駄な消耗戦を繰り広げた。適わないと分かっていながらも限界までスタンドを出し、殴りつけ、疲弊して倒れそうになるとあとはDIOの好きなようにされる。公子の年齢の少女が泣き出すようなことを、何度も、繰り返し。
「だったらこの足枷を外しなさいよ!移動能力を上げるスタンドなんだから、こんなんあったら意味ないのよ」
 移動速度を上げてからの蹴りは銃器にも匹敵する破壊力がある。だがそれらの長所全てが鎖一つで封じられており、また公子のスタンドにそれを引き千切るパワーは備えられていない。
「足が動けば少々厄介でな。抵抗しないのならば今日はこのままはじめさせてもらおうか」
 窓のない部屋への唯一の出入り口は、鉄の扉一枚のみ。DIOが開けっ放しにしているあの扉をくぐり、外へ助けを求められたら……。だがどんなに手を伸ばしても届かない、足は一向に動かない。
(助けて……ジョースターさん……皆……。ううん。ホリィさんの病気はもう治った。皆を危険な目にまた巻き込んでまで助かりたいわけじゃない)

 行為を終えると左右の足を枷で繋がれる。その間だけは部屋に繋ぎとめる鎖から放たれるのだ。風呂で隅々まで体を洗われ、新しい服に袖を通せば、また鎖が繋がる音がする。金属音が冷たく響く。
「手紙を書くか?」
「え?」
「異国の地で暮らすから探さないで欲しいという手紙を書くかと提案したのだ」
「どうして……」
「お前が外への未練をいつまでも断ち切れそうにないからな。自らの手でジョースター共との関わりを絶てば、もう私しか見なくなると思って」
 今まで使うことのなかった机と椅子の上に、ペンと紙が用意されている。
「ジョセフの住所が分からないならSPW財団にでも送りつけてやればまあ届くだろう。これは私が代筆したのでは意味がない。お前が、自らの意思で書くことが重要なのだ」
「……」
「別に書かなくてもそれはそれで構わない。やつらが血眼になってこの場所を永遠に探し続けるだろうがな。お前が心配をかけていることが心残りだというのならそれを解消させてやろうというだけの話だ。だが何度も言うが、書くのはお前の意思。私は紙とペンを用意するだけだ」
 最初は、この場所を特定する情報を紙にまとめていた。実は自分が今地球のどこにいるのか公子もよくわかっていない。気温や湿度など、感じられる情報をかけば大まかな位置は特定できるのかもしれない。あとは念写とジョースター家の気配とやらを頼りにすればここまでたどり着くのではないだろうか。
(でも、本当にそれでいいの?時間を止める能力者相手に、どう戦うの?助けを求めることで皆の罪悪感を刺激して無謀な戦いに挑ませることにならないの?)

 一ヵ月後。家の表札に「虹村」とある一軒家に大きめの茶封筒が届く。赤字でAIR MAILとあるその封筒の中には、公子直筆の手紙と封筒が入っていた。
 今公子が監禁されている国から世界中に散らばっているDIOの手下の元を経由して届けられた手紙。手紙の消印などからどの国から投函されたものか発覚するのを防ぐために周到に用意されたその手紙にはこう書かれてあった。

父と母へ
 十七年間大変お世話になりました。家出のような形であなた方の元を去ったことを心苦しく思います。あなた方を思い出さない日は一日としてありませんでしたが、この手紙を書くことで日本への未練を断ち切ろうと思います。
 私が今いる場所はお教えすることはできません。しかし心配しないで下さい。トラブルに巻き込まれたわけではありません。私は自分の意思でこの場所に滞在し、また骨を埋めるつもりです。日本での快適な生活を捨ててでもここに残る覚悟が私にはあります。しかし私の身勝手な思いで心配をかけていることだけが私の憂鬱でした。
 探さないで下さい。そして今までの恩返しを何一つすることなく消えてしまうことを許してください。今でも私は二人が大好きです。

公子より。



 結局、ジョセフたちに宛てられた手紙はなかった。助けを求めることも、諦めることも、選べなかったのだ。今日も公子を探して皆が奔走する中、公子は部屋を訪れたDIOに抱かれるのであった。


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