小説 | ナノ

 深夜だというのに遠慮なしに扉を叩く音がする。その音に反応したペットショップは周囲に氷の武器を作り出した。ハヤブサは鳥目ではない。フクロウ程ではないがこの時間であってもしっかりと標的を捉えることが出来る。
 見つめた先にいる少女を確認すると、ペットショップは翼を振り下ろした。氷柱が彼女へ向かって風を切り裂いて突進する。奇妙な冷気に扉を叩く手を止めそちらを見た瞬間、顔の横を氷が通り過ぎていった。
 振り向けば先ほどまで少女を追っていたゾンビが頭部を氷柱に貫かれて立ち止まっている。足から崩れ落ちたそれが少女を追うことは二度となかった。
「キョーーーーーーーーーーーン!」
 ペットショップの咆哮を合図に、扉は左右に開かれた。誰もいないはずなのに、まるで彼女を出迎えるかの如く。
「お前が助けてくれたの?ありがとう、ハヤブサさん」
 館の入り口はぽっかりと口を開けて獲物を待っている。そこに自ら少女は歩み、吸血鬼の夜の世界へと進んだ。
「吸血鬼さんはいらっしゃる?」
 その問いに、ペットショップは答えない。そして自らはまだ門番としての務めがあるのだと視線で伝えると、また高い柱の頂点へと飛び去った。ペットショップの思考は当然公子に伝わるはずもないが、ついてきてくれないことだけは分かった。
「……お、お邪魔します」
 光源は揺らめく炎だけ。蝋が一つも溶けていない蝋燭が均等な間隔で並べられている。(ああ、これもきっと「魔法」の一種なんだ。先ほどのゾンビと同じように)
 蝋燭の照らす道は一つしかない。分岐点はいくつかあるがそこは立ち入ってはいけないと言う様に、灯は奥へ奥へと公子を招く。その先にあるのはこの館の主、DIOの寝室だった。

「公子か」
「その声は、吸血鬼……」
「DIO、だ。私の名を呼べ」
「……DIO」
「よろしい。入りたまえ。この館は吸血鬼はいるがゾンビはいない。安心しろ」
 何の用事があってここを訪れたのか、既に分かっているようだ。そのほうが話は早いと、公子は躊躇いながらも室内に足を踏み入れた。
「まだ生きていたのね」
「不老不死を併せ持った究極の生命体だ。死ぬわけがなかろう」
「何故誰もあなたを狩ろうとしないのかよく分かったわ。ハヤブサのあの子がここを守っているのね」
「お前を攻撃しないように命令しておいた。なのにいつまで経っても来ないから、悪いがけしかけさせてもらったぞ」
「やはりあなたの仕業だったのね」
「仕業、とは人聞きが悪いな。お前の周囲に散らかっているゴミを片付ける手伝いをしてやったのに」
 公子を追うゾンビは、父とその友人だった。貧しい家庭環境に育った公子は……と、彼女の過去を長々と語るのはやめておく。ただ一つ、彼らは酒をよくのみ、酔いが回るままに理性を捨てて暴力に訴えることがしばしばあったということだ。そしてDIOはそういった人間を心底許せないタチであった。
「さて、ここに来たということは私からの誘いを受けるということかな」
「まさか。私、人間だもの。それとも私を父のように“人間ではなく”させてしまうかしら?」
「では何故この館へ?」
「これ以上人間の被害者を増やさないためよ。確かに父はクズだった。どうしようもなかった。父の友人も、生きている価値のない人間だった……そう、人間だったのよ、アイツらも」
「優しさは構わないがお前のそれは甘さだ。例え私がまだ人間だったとしても、ヤツらを殺しただろうな。例えば薬と偽って毒を飲ませたり」
 何故そのような具体例を?とは口に出せなかった。
「公子。もう分かっているだろうからハッキリと言おう。お前がここに来るまで、周囲の人間を一人ずつゾンビにしていくつもりだった。居場所がなくなってからお前を保護すれば私に靡くと思った。いや、それ以上に、聡いお前のことだ。こうなることを予見して私に会いに来ると信じていた」
「この訪問もあなたの手のひらの上の出来事なのね」
「ああ。私にはかなわないと分かってくれたかな。理解できたのならば、もう一度言おう。初めてお前を見つけたあの日の言葉をもう一度言おう。公子。私の妻となり、永遠を生きるのだ。誓わないのならば、お前は死人と生き続けることになる。どこへ逃げようとも私は追跡の手を緩めたりしない」
 こういう展開になることは公子も分かっていた。だが、ここへ来る以外に打開策などないのだ。目を伏せて、諦めたように小さく息を吐いた。
「……あなたの言うとおりにします」
「そうか。いや、重畳。だが公子。私は心の内に秘め事を持つ女を側に置く気はない。その身の自由を捧げても心は奪わせぬつもりだろう。反抗的な目は隠しておくべきだったなぁ!」
「何を……」
「お前に楔を打つ。私から逃れられない、一生お前について回るものを」
 空に厚くかかっていた雲が流れ、窓は月光を招きいれた。DIOの赤い瞳が妖しく光るが、この類の表情を公子は知っている。飲んで酔っ払って帰ってきた父の友人が、父にいくらかの小銭を渡した後公子の前でする表情だ。
「ふふふ……夫婦ならば、遅かれ早かれするつもりだから構わないだろう。子は鎹(かすがい)なんて言葉があるが、お前の甘ったるい優しさはその身に子を宿せば私から離れられなくしてくれる。私の子を孕めば、私を吸血鬼ではなく夫として見ることになる。なに、こう、無理に体を開かせるのも悪くないな」
 DIOの服のデザインは、西洋とも東洋ともつかぬかわったものだった。中でも今穿いているズボンは股間部分が大きく開き、そのときの状態をはっきりと見せ付ける形になっている。黒いインナーを押し上げるように、DIOの性器が興奮を主張していた。
「私の言うとおりにすると誓ったな。証明しろ」
 そこから血を吸うかのように荒々しく胸元に口を当てた。鋭い牙が刺さらないように気を使っているのだろうが、ナイフを押し当てられていることと同義のその行為に公子は怯え、体を硬直させた。
(抵抗してはいけない……きっと、皆がゾンビにされてしまう)
 だからといって公子からDIOを求めることもできなかった。それは体が上手く動かないことよりも、知識不足だからだ。不自然に抱き返そうとする手をDIOが取り、唇を押し当てた。
「お前はただ、受け取ればいいだけだ。私に任せて身を委ねよ」
「吸血鬼の求愛行動って、人間と同じなの?」
「行為としては同じだ。ただ私は吸血鬼だからというより、個人的にしつこいと思うぞ。私は欲深いからな」
 DIOの爪が公子の服に引っかかり、そのまま縦に裂かれる。体に残る無数のアザに一つ一つ丁寧に唇を落としていった。
「DIO。私の父と友人のことをしっているのならここまでにしておいて。私はムスリムとして禁忌を侵しているの。あなたに捧げられるものなんてないわ」
「……私は英国出身だ。だからといってクリスチャンではない。むしろ神などというものは存在しない。いるならば人の運命を弄ぶようなやつは私が葬ってやる、程度にしか思わん。純潔などというものは神にでもくれてやれ。私はお前がほしいのだ」
 体に纏う布全てが切り裂かれ、冷たい石の床にふわりと落ちた。腰に手を添えられ、天蓋のついたベッドに誘導される。ダブルベッドの大きさを遥かに超える巨大な寝台の中央に、公子は生贄のように捧げられた。それを食すのは、吸血鬼。
 日光にすら晒されない白い肌にDIOの手が滑る。胸元の突起の引っかかりに反応するさまをみてDIOはにやりと笑った。だがそれは感じているのではない。布を裂いた爪が自分の体を傷つけるのではないかという恐怖だ。
「手で愛撫すれば爪が、口ならば牙が、お前に恐怖を与え体を閉ざしてしまう。私はどうやって触れればいいんだ」
「……ごめんなさい」
「かまわない。別の部分でお前を愛するだけだ」
 DIOも身にまとっていた服を脱ぎさる。異国からやってきたという異種の生き物は、公子が今まで見たどの男性よりも逞しく、強大であった。その中心にそそり立つモノを、公子の腹から胸にかけて何度も上下させてこすりつける。
 これは、今まで行われてきたような、自分の性欲を発散させるだけの行為ではない。公子を欲しいと訴えるようなまなざしに、はじめて快楽を知った。下腹部がうずくのが分かる。それがなんだかむずがゆくてじれったそうに太ももを擦り合わせもじもじさせてしまう。
「怖くのないのなら、コレでなら触れて構わないか」
 こうなる直前まで、この吸血鬼も父とその友人と同じ“男”だと思っていた。女とは自らに捧げられるべき奴隷、いや、道具なのだと思っている、歪んだ支配欲の塊。けれどもこの一瞬のような時間にそれが先入観だったの考えを改める。
「さっきまであんなに強引にしていたのに、急にどうして優しくなるの?」
「……うるさい」
 何度も虐げられていた公子の蜜壷は容易くDIOを受け入れ、飲み込んだ。嫌な感覚に眉間に皺をよせたが、目の前のDIOが端正な顔を崩して快楽に溺れるのを見て悪くはないなどと思ってしまう。
「血が、出ない」
「なんだ今更」
「私の住んでるところでは初夜のあと、シーツの血を皆に見せるしきたりがあったから」
「フン、くだらんな」
 DIOは自分の爪で指を切ると、公子の尻の下に数滴落とした。それを見て公子はぼんやりと、吸血鬼の血も赤いのだなぁと思った。
 同じ人間にあのように扱われていた自分が今、怪物と思っていた男に優しく抱かれている。種族とは何なのか、そういった哲学的な思考は今は無理だ。DIOの腰の動きに合わせて、頭の中は甘くとろけていくから。


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