小説 | ナノ

 年末の忘年会ラッシュは、研究職に従事する者にも避けられない行事である。やれどこそこ研究所とだの、やれなになに学会だの。その年に何かしら受賞したともなれば呼ばれる数はものすごい量になり、承太郎程の年齢になればそういう場には妻を随伴させることが普通なのだが……何せもう紙一枚で離婚してしまっている。
 そこで出番なのが秘書兼助手の公子である。彼女が後妻だと思っている人もいるのではないかと思うくらい常に一緒におり、また年の差はあれど外見的に実際の数字ほどのものを感じさせない承太郎の若々しさと公子の落ち着いた雰囲気が、二人の結婚は秒読みかなどと噂をさせていた。
 だから承太郎が酔いつぶれてしまったときにホテルまで公子に付き添いをと頼むのは、ごく自然な流れなのだと思われていたようだ。
(流れだかなんだか知らないけど仕事ならそりゃ運ぶわよ。運ぶけどね!)
 承太郎の部屋に何とかたどり着き、その巨体をベッドに物の様に放り投げる。
「重いっ」
 アメリカ人から見ても承太郎はかなり大きい。故にシングルベッドだとどうも狭苦しいので彼は毎回ダブルの寝室を取っている。
「博士、気持ち悪くないですか?」
「ああ……水」
「はいはい」
 面倒なので備え付けの冷蔵庫の中身を使うことにした。それにこの時間に外まで買いに行くのはアメリカでは控えた方がいい。
 クリスタルカイザーと書かれたペットボトルを開けて承太郎に渡すと、ベキョッという音がして水が太ももを濡らした。
「博士!」
 しかし気にせずボトルの中身を煽る。空調がまだ利いていないこの部屋で濡れたズボンは寒いのか、公子の目の前でバックルに手をかける。
「もうお風呂に入ってきてください!」
「ああ」
 話は一応通じているようだ。シャワールームに入っていったのを確認して公子はため息をついた。
 そもそも承太郎は酒が強い方だ。それがこうもだらしない結果になってしまったのは、日本通の教授に日本酒を勧められてあれこれと手を出したのが悪かったようだ。その前にウィスキーもしこたま飲んでいたものだから、まるで酒を覚えたての大学生のようなちゃんぽんな飲み方は少量のアルコールであっという間に承太郎を潰してしまった。
 シャワールームからは体を洗う音が聞こえる。中で寝落ちしていないのならば大丈夫かと、公子は濡れたズボンとベッドの後始末にかかった。ベッドのシーツは今から変えてもらうのももうしわけないし、端っこの方に少量だったのでこのまま使うことにした。
 ある程度片づけを終えて公子はハッとする。慌ててバスタオルを広げてバスルームへ近づいたときに、ちょうど風呂から上がった承太郎が何も纏わぬ姿で現れた。
「服!」
 タオルで腰を隠して荷物のキャリーケースを渡す。
「自分で探してください!」
「ああ」
 ごそごそという音をバックに、公子は真っ赤になりながら俯いていた。
「着た」
「ああそうですか」
「片付けてくれたのか?」
「終わりましたよ」
「すまないな……俺は……君がいないとだめだな。仕事も、私生活でも」
 珍しく「俺」という承太郎に公子はクスッと笑った。何がと言うわけではないが、完璧超人のような男なだけに自分の前で素を見せると少しカワイイと思ってしまう。
「博士の私生活をお世話したことはないので大丈夫ですよ。仕事もいただいているお給金に見合う働きはさせてください」
「これからは俺のプライベートも君に任せたいな」
「何をおっしゃ……」
「仕事や飲み会が終わって、君と同じ部屋に帰ってくるのがこれほど幸福とは思わなかった」
「私は別の部屋に戻りますよ」
「君の部屋はここだ。俺がいるところが、君の部屋だ」
(これはそうとう回ってんな……)
「イヤか?」
「イヤというより、博……」
「イヤだと言われても手放す気はないがな」
 その言葉通り、公子の手をとる。公子の両手をまとめても承太郎の左手だけに収まるほど二人には体格差があった。
「博士、さっきから私の話を食い気味に遮るのやめてください」
「ダメだ。君が喋ると最もな理屈で話を煙に巻くだろう」
「最もな理屈を言う仕事ですからね、私たち」
「これは仕事じゃない。君に、恋愛の話をしている。まさかと思うが今のをハウスキーパーの仕事を兼業する雇用内容の変更通知だと勘違いしたわけじゃないだろ?」
 手の中の細い指にキスを落とすと、身動きの取れない公子を押し倒して抱きしめた。まるで小さな子供がぬいぐるみと眠るように。「俺だって、人肌恋しいこともある。やはりシャワーだけだと体がまだ冷えているな。知ってるか、厚着するより裸で抱き合う方が温かいんだ」
「はっ、博士、さすがにこれは……!」
「君の手も冷たい。十二月のアメリカは冷えるからな……温めあおう、公子……服……も……いで……」
「……?」
「zzzzz」
 甘い言葉がオッサンのいびきに変わったと分かると、公子はそっと手を解いて立ち上がった。
「シラフのときに言ってくだされば、はいとお返事しますので」
 去り際にそう言い残して部屋へと戻った。
「……言質はとったぞ」


prev / next
[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -