小説 | ナノ

「では来週の予定を聞こうか」
「えーとですね……」
 まいったなぁ。博士、結構しぶとい。
「今日は家の用事。明日は友人と飲みに。明後日は病院。土日は小旅行。お土産、楽しみにしてるよ」
「はは……」
 博士が言った予定の内、本当にあるのは明後日の病院だけ。家の用事なんて溜まってないし、友達と約束もしてないし、小旅行なんて今考えたウソ。しょうがない。適当な道の駅にでも行ってどこそこ饅頭を買ってくるしか。
「で、来週は」
「ゲツヨウビナラアイテイマス」
「そうか、では月曜に食事に行こう。店を予約する時間もたっぷりあるしな」
「アリガトウゴザイマス」

 手帳を来年のものに変えるために、年末の予定を新しい手帳に書き移す。懐かしくなってカレンダーをめくってみると、今年は大分博士に連れまわされた一年だったと思う。大学を卒業して四月にこのラボに配置。二ヵ月後くらいからだったかな、博士に随分と仕事終わりに連れて行ってもらった。
 八月に配置換えがあって、私はほとんど博士の専属助手みたいな形になった。これだけ付きっ切りなのだったらもっと優秀な人にお願いした方がいいんじゃないかと思ったけど、優秀な人は研究の方が忙しいからやはり新米の私が適任なんだろう。
 助手と言うよりは秘書みたいな感じで、博士のスケジュール管理やらなにやらが仕事のほとんどになった。今は毎朝のモーニングコールまでしている。元々博士の論文に感銘を受けて院への道を断念したから、博士のそばでお仕事できるのは光栄なんだけど……。
「私の能力が低いから、なかなか研究に携えてもらえないのかな」
 なんて愚痴を同期の友人に話す。飲みに行く予定を無理やり作って、博士に話したスケジュールをウソじゃないように調整したのだ。なんだか罪悪感で苦しくなったから。
「えーと、うーん、そういうことじゃあないと思うんだけどね。公子は、博士と出かけるのイヤなの?」
「そういうわけじゃないんだけど、さすがにこう、毎日だと……気を使いすぎて磨り減っちゃう」
「よね。もう少し駆け引きってモンを覚えりゃあいいのに」
「駆け引き?」
「博士もアンタもね」

 土曜。行く予定もなかった隣県との境にある山へ行くことに。まぁ、たまにはのんびり自然の中で過ごすのもいいよね。折角の休みだし、前向きに考えよう!こうやって出かけなかったらうだうだと部屋で過ごして終わるだけだったから、よっぽど有意義だよ!
「と思ったけど十二月の山なめきってたわー!寒いー!」
 車内は空調がきいて快適だったんだけど、道の駅の駐車場に車を止めてからもう動く気が失せた。外寒すぎ。施設内に入るのにめちゃくちゃ苦労する。
(ああ……でも暖房の効いた部屋でアイス食べたいなぁ……ソフトクリームののぼりが見えてるしなぁ……それに……ここ温泉あるじゃん!つかろつかろー)
 車を降りてドアを閉めようとした瞬間、静電気がバチッと走った。でも思わず肩を跳ね上がらせたのはそのせいじゃない。隣に止まっていた車が同時に開いて、しかも左ハンドルだったものだからちょうど私のそばに運転手が降りてくる形になって……。
「小旅行というのは山に行く予定だったのか」
「は……かせ」
「しかし山に来るのにその薄着では風邪を引く。早く中へ行こう」
「あの、なんで……」
「冬になると古傷が痛むんでな。湯治に来ようと思って」
「そ、そうなんですか」
 そういえば博士が降りてきたこのマスタング……山道に入る前に一回バックミラーに映ってたようなそうでないような。いや、白い車なんていくらでも見かける色だし、きっと私の勘違いだよ。だってそうじゃなきゃ、山奥・湯煙に続いて事件性のあるキーワードが増えちゃう気がしてしょうがない。
「旅行と言うからには宿泊する予定なんだろう」
「え、ああ。はい」
「私ものんびりしようと思って予約をとろうとしたら満室だったんだ」
「あら、じゃあ今日はお帰りになるしかないですねー」
「この施設はツインかファミリータイプの部屋しかないそうだな」
「大体どこのホテルもそうじゃないんですか?」
「シングル部屋はないはずだということだ」
「……そうですね。あ、博士もこちらに来たのならお土産はいらないですよね」
「お互いに何か買って交換するか?」
「えーと、とりあえず私中でアイス食べてきます」
「成る程。一口ずつ交換するか」
 ダメだ。会話すればするほど抜け出せなくなってる気がする。さすがに休日も上司と一緒と言うのは気が休まらない。せめて一人で過ごし……そうだ!
「やっぱり私温泉からにします!では!」
 さすがに女湯にまでついてこられないでしょう!
「そういえばここは客室露天風呂のある部屋もあったな」
「でも満室だったんですよね」
「そちらは聞いていなかった。部屋つきならば、一緒に休みを過ごすこともできるな」
(いやだ……)
「古傷がな、ひどく痛み出して。背中だから自分で触れることも出来ず、湯につかっても効果があまりなさそうなのだが」
(暗に催促している。なんだってこの人は私にここまで執着するんだろう)
(ここまで言ってもまだ無反応とは。一体どこまでやらかせば気がついてくれるんだ)


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