小説 | ナノ

 東京への出張が決まり、研究所のチーム内で同行してくれる秘書を募集した。日本ならば日本人の公子がいけばいいんじゃないかと他のメンバーに推され、上手く断ることが出来ずに結局名乗りを上げる形になった。
 行きたくない理由をでっち上げようにも故郷が好きだという話を何度か皆にしたことがあるし、承太郎と二人になりたくないというストレートな理由を言うわけにもいかない。
 しかし気まずい。何せ公子は数日前に承太郎から結婚(再婚)を視野にいれた付き合いをと申し出られていたのだ。自分としては断ったつもりだが、あまりにもあやふやすぎる返答は確実に彼に伝わっていない。そんな中で出張に自分が同行すると言い出すのは、誤解を強めてしまう気がして公子の胸中は穏やかではなかった。
「秘書に名乗りをあげたということは、そういうことじゃないのか?」
「いえ、私情を持ち込んだつもりはありません」
 ビジネスホテルの部屋はまさかのツインである。公子の知る限り、承太郎は公私混同するような男ではない。
「あの、もう一部屋追加してきます」
「必要ない」
「ありますよ」
「ない」
「子供ですか!」
「本当に必要ないからないと言っている。旅費とて有限なんだ。この部屋をキャンセルしてシングル二部屋に取り直すのにも金がかかる」
「……わかりました。この部屋で寝ます」
 ツインなのだから、別に同じ布団で眠るわけではない。それでも男と同室するということに抵抗はあるが、こうなった承太郎が意見を曲げているのを見たことがない公子は早々に諦めることにした。
「明日は何時にチェックアウトだ?」
「八時にはホテルを出発します」
「分かった。先に風呂を使っていてくれ。少し執筆する」

 公子が風呂から上がると、既に承太郎はノートPCを閉じてスポーツニュースを見ていた。野球の今日の試合結果と順位を確認すると、今度は承太郎が風呂へと入る。男の入っているシャワーの音を部屋で聞く、というのが、どうしても下品な想像に行き着いてしまい、公子は払うように頭を振った。
(気にしたら負け)
 髪を乾かし、コンタクトからメガネにかえて明日の朝の準備を整える。ベッドに入ればいつでも寝れる状態だ。
(しかし……上司よりも早く寝るってどうなんだろ。眠くもないし、私もテレビでも見てようかな)
 チャンネルを回すと、毒舌で再ブレークを果たした芸人のトーク番組が流れていた。画面右上に番組ロゴと今話しているテーマとして「バツイチの彼と結婚したけど、子供が……!」とかかれている。
(そういや博士にもお嬢さんがいらっしゃったな)
『だけどさぁ、その子供ってもう高校生なんでしょ?来年大学でしょ?もう立派な大人じゃん。気にする!?」
『子供がどうのってのより、そんな年頃の子供がいる人と結婚を考えるってのが抵抗あんじゃないの?』
『あー。まぁね。冬目ちゃんはどうよ。その年頃の男性って』
 番組内では公子と同年代のフリーアナウンサーが芸人から唐突に話題をふられて愛想笑いで誤魔化している姿が映った。
(まぁこの冬目アナほどの美人なら、博士と並んでも似合いそう)
 自分はどうだろう。いや、どうもこうもない、似合うはずもなかった。公子の容姿はといえば歳相応の顔つきではあるが、何せ承太郎の方が反則的な外見の若さだ。
(まぁ、外見だけで判断するような人じゃあないのは分かってるけどさ。博士ってば内面も落ち着きすぎてて、なんていうか……憧れではあるけど、恋愛じゃない)
 キュッと蛇口を捻る音がした。先ほどまでざあざあと鳴っていたシャワー音が同時に消え、公子は慌ててリモコンを手に取った。
(やばやばやば……)
 それにしても最近のリモコンはボタンの数がバカみたいに多い。押さないボタンのほうが多いのではないかというくらい、謎の機能が山ほどある。
 公子は慌ててしまい別のボタンを押したようで、画面が真っ暗になったが音声がそのまま流れ続けている。数秒経つとメニュー画面が起動したようで、お知らせだのメニュー機能の使い方だのが現れた。問題はメニューの横に番組の画面がそのまま流れ続けていることだ。画面は小さくなっているから文字は見えないだろうが、芸人とアナウンサーがバツイチ男との付き合いについてくっちゃべっているのはかなり気まずい。だがチャンネルの数字ボタンを押しても画面が切り替わることはない。
(えーい!電源オフ!)
 テレビが消えると同時に浴室から承太郎が出てきた。帽子を脱いだ姿はいつもよりも年上に見えるが、それでも実年齢よりはやはり若く見える。
「何を見てたんだ」
「バラエティです」
「ふぅん」
 承太郎がリモコンをテレビに向けた手を慌てて下ろさせる。
「どうした」
「いえ」
「テレビが見たい」
 スッとリモコンが持ち上がる。
「いつも見ないじゃないですか」
 また下がる。
「相撲の結果を見てなかった」
 上がる。
「調べますのでお待ちください」
 下がる。
「見られたくない理由でもあるのか?ペイチャンネルでも見てたのか?」
「見てませんよ!何言い出すんですか急に!」
「何を慌てている。ペイチャンネルとは有料という意味だ。どういう番組を想像していたんだ」
「……」
 公子が黙りこくったところで承太郎はようやくテレビの電源をつけた。トーク内容が変わっていますようにと公子は心の中で祈ったが、生憎まだ同じ話題を続けていた。
「……君が私との付き合いを躊躇うのは、娘の存在があるからか?」
「いえ。偶然この番組をやってただけで別に……」
「だが見ていたんだろう。そしてそれを私に見られないようにしていた。気にはしているんだろう」
「いえ。お会いしたこともないので」
「では何故、私の気持ちに応えてくれない。君はあの時、私に不満はないと言った。娘の存在も気にならない。では、何がいけない。何が足りない」
「えーっと、ですね……」
 上手く言葉に出来ない部分をせっつかれると気持ち的に息苦しくなる。
「要するにですね、上手くいえませんが、私自身が、博士には不釣合いと言いますか。問題があるのは私の方なんです。博士のこと、尊敬はしておりますが男女の仲という風には考えられません」
「原因が君自身にあると言うことで、私からの追撃を避けようという魂胆ではないのか?私に問題があるのならばそこを修正したり補うことが出来る。だが、それが君にあると言われてしまえば私には手の施しようがない。そうやって逃げ道を確保している……違わないだろう?」
 そう言われればそんな気がしないでもない。だがそう気づいているのならばその退路を塞ぐようなマネをしなくてもいいのに、と公子は思った。
(やっぱ変なとこだけ子供っぽい……)
「今まで君が私を仕事上の仲間としてしか見ていなかったのは仕方がないことだ。むしろ仕事中はそうでなくては困る。だが、あの告白を、いや、これを機に、私を男として見てくれないか?そうしないための理由を探すのを、辞めてくれないか?」
「で、ですから。私なんかじゃ博士には……」
 逸らした顔を強引に向けられ、話を遮られる。目をあわせられずに視線を少し落とすも、太い首が、そこに浮き出る喉仏が、がっちりとした鎖骨が、否応なしに男としてのにおいを漂わせる。
「その言い訳はもうダメだ。まだ私の事を博士として見るならば、こちらもすこし対応を変えねばならないな」
 ベッドに腰掛けていたのは失敗だ。このままなし崩しに、シングルベッドで眠ることになりそうだ。
「逃がさない……オレの可愛い人」


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