小説 | ナノ

「公子、靴紐が解けているぞ」
 アヴドゥルにそう言われて俯くと、この旅でさらにボロボロになった靴が見える。ほどけてしまっている紐ももうすぐ切れそうだ。
「公子、俺が結んでやるよ」
 今度はポルナレフが声をかけてきた。彼は膝をつくと、自分の太ももに足を乗せるように言った。
「いや、出来るわけないじゃん。普通に自分で結ぶからいいよ」
「おいおい、男をここまでさせといて断るのかよ」
「でも足を踏んづけるってのはちょっと抵抗が……」
「いーから」
 強引に公子の足を持ち上げると、バランスを失った公子が転倒しそうになる。ギリギリのところで踏ん張ったが、結局ポルナレフのももを踏む形となった。
「ほら、できたぜお姫様」
「フフフ。なんかシンデレラにでもなった気分」
 最初はちょっと抵抗があったが、傅くようなポルナレフの所作は悪い気はしない。
「じゃあご褒美もらっちゃおっかなー」
 と、ポルナレフが公子の頬に唇を持っていこうとすると、鈍い音がしてポルナレフは顔をゆがめた。花京院の蹴りが弁慶にモロに入ったようだ。
「それはご褒美のかわりだ……」
「て……めぇ……ちったぁ加減、しろ」

 今日の宿に到着し、いつものように一人部屋に荷物を置いた公子は、来客を告げるノックの音に警戒心を強めた。
「はい?」
「私だ」
「なぁんだ、アヴドゥルか」
 一応スコープで姿を確認し、内鍵をスタンドで開ける。
「どうぞ」
「公子、よかったら少し外を歩かないか」
 陽が落ちかけているというのに、アヴドゥルにしては珍しい誘いだ。公子は快くそれに応じると、ポルナレフに結んでもらったスニーカーを履いて外へ出た。
 ミャンマーの夜景は香港で見た極彩色とは違い、穏やかなオレンジの光が数々の寺院を照らす優しい光景だった。
「急に散歩の誘いなんて、どうかした?」
「皆との親睦を深めようと思ってな。一人ひとりとこうやって時間をとっているんだ」
「アヴドゥルらしいね」
「えっとだな……だから、その、少しプライベートなことを聞いたりするかもしれないが、いやなら答えなくて構わないからな」
「?」
 コンビニでコーヒーを買い、眺めのいい高台のベンチに腰かけて町を見下ろす。戦いの連続の中、こうやってぼんやりする時間は非常に貴重なものであり、また幸福なひと時でもあった。
「公子は……口の上手い男がタイプなのか?」
「ん?タイプってのは異性の好みってこと?」
「ああ」
(アヴドゥル……わかりやすすぎる)
 少々視線をずらしながら、しかも呼び出しまで受けた上でこのように聞かれれば、自分のことを好いているのかと思うのは自惚れではない。
「うーん、あんまり気にしたことないからわかんないかな」
「そ、そうか。では、どういった男がタイプなんだ」
(さてと。どう答えたものやら)
 公子的に、男らしいというか、肉食系の男がタイプではあるのだが、ここでそのように答えるということはアヴドゥルにそういった態度を求めることにつながってしまう。
「ちょっとクールな感じの人かな」
「承太郎のような?」
「あはは、あの子はねぇ……ちょっとぶっきらぼうすぎるっていうか」
「やはり多少は口がよくまわるほうがいいのか」
「会話に困らない程度ならね。そういうアヴドゥルはどういう人がタイプなの?」
「……公子のような、女性が……」
「おおっと」
 思った以上に早くも直球勝負に出たアヴドゥルに動揺を隠せず、公子は変な声が思わず漏れてしまった。
「あ、えーと。ありがとう」
「公子は、ポルナレフとしゃべっているときは随分と楽しそうな顔をしているが、好きなのか?」
「いや。クールとは対極の男だと思うんだけど」
「そ、そうだな。しかし、気になってな……靴紐を結んでもらっていたとき、やけに嬉しそうにしていたし」
「あれはその、やっぱああいう女の子扱いっていうか、そういうことされたらドキッとするよ。私、あんまり女性的な扱いされたことないから余計にね……」
「ならば」
 手にしていたコーヒーをとられ、ベンチの上に置く。手ぶらになった公子の手の中に、今度はアヴドゥルの褐色の手が収まった。
「こうやって迫られるのは悪い気分じゃないか?」
(むしろ好みだあああけどおおお、な、なんで!?いきなりすぎない!?)
 たくましい腕を振り払うことができないのは、公子の筋肉が貧相だからというだけではない。まるで金縛りにあったかのように、呼吸さえも止まってしまう。ぱくぱくと何もとらえない口を必死に動かし、ぽつぽつと言葉を吐いた。
「えと、どしたの?急に。こういうことするのって、ポルナレフの仕事なんじゃあないかな」
「ヤツのどこがいいんだ?」
「そうう意味じゃないんだけど……あの……」
「答えたくないなら、答えなくて構わない。人の命が懸かっている道中でこんなことを言うのは不謹慎だと我ながら思うが、君が他の男を向いているのが、私には耐えられそうにない。私以外の男に、せめてこの旅の間は靡かないでくれ」
(クールな肉食系が好みのタイプだったけど……熱い人ってのも、なかなか……)
 この手に伝わる熱はスタンド?それとも……。


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