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奇妙な――気まずいような、それでいて誰もが様子を窺うような沈黙。
いや、沈黙と言うには語弊があった。だが真ん中で高笑いしているウサ耳の男以外は、全員口を閉ざしている。


「どうだ嬉しいだろう!そして可愛いだろう、この団子っ鼻あたりが!」

「…おい」

軽やかに笑いながらそう言ったピンク男に、蔵の低い声がかぶさる。
鼻の頭をつつく人差し指に気を取られていた西園寺は思わず肩を跳ねさせた。


「なんだその仏頂面は!あのねえ、君が牛乳嫌いだと言うのは僕だって充分承知しているけれど、だからといってカルシウム不足で苛々するのはどうかと思うよ。そもそも君は確か煮干しもチーズも嫌いだし、そんなんじゃいつか鳥の骨ようにスカスカのコツソソーショーになって……、」

割り込むまもなくつらつらとそこまで言って、男ははたと我に返る。


「…ん?なんだか脱線したな。なんの話だったっけ。…ああ、そうそう、僕がこの少年を選び且つここに連れて来た理由を話していなかったね」

「いや待て。そうじゃない、聞け」


なんというか、ものすごく自由な人である。それが西園寺の単純な感想だった。
あの蔵が口を挟みかねている。


「聞いて驚きたまえクララ!」

「その呼び方はやめろ。つかそっちこそ聞け」

「――この少年、なんと名前がさいおんじいっぺーたクンと言うのだ!」

「お前いい加減しないと竹刀でぶっとば――……あ?」


噛み合わないやり取りに蔵が苛立ちを露わにし始めたが、それはピンク男の言葉によって急速に霧散した。
片眉を上げて、蔵の視線が西園寺の方に滑る。
西園寺は思わず背筋を正した。


「……さいおんじいっぺーた…?」


ぎゅっと眉間に皺を刻んだまま、蔵が低い声で西園寺の名を呟く。
数秒間西園寺と見つめ合った後、そのまま蔵は、顔を片手で覆って深く深く溜息をついた。


「…またお前は……、」


多分に呆れと疲労を含んでピンク男に向けられたその声に、西園寺は困惑する。
そもそもなぜ自分の名前をそんなに嬉しそうに報告されるのかがわからなかった。
首こそ傾げなかったが、疑問がありありと顔に浮かび出ていたのか西園寺の方をちらりと見た蔵が、眉をいっそう顰める。
一方ピンクの男は笑いながら、すごいだろう遠慮せずに驚くがいい!と得意げに笑っている。


「そういうわけだ。ねえ君、これは運命だね」


ぽんと肩を叩かれてもなにがなんだかわからない西園寺である。分かったのはこの男がひどくぶっ飛んでいて、西園寺の常識を軽く超越してしまっていると言うことぐらいだ。
言い淀んでいると、見かねた蔵が助け船を出してきた。おい、とピンク男を呼ぶ。


「お前…コイツに名乗ったのか?」

「ん?どうして?」

「………コイツお前に名乗ったのか?」

「へ!?…あ、や…いえ…」


あまりにも自然な流れで主語を入れ替えて問いかけられたので西園寺は挙動不審になりながらもなんとか首を振る。
それを見た蔵は再び深い溜息をついて、ピンクの男はあからさまに驚いた顔をした。


「おお。名乗り忘れていただって?それは由々しき事態だ」

「ホントにな」

大袈裟に嘆いて見せた男に、蔵がぼそりと皮肉を言う。
そしてそのまま一歩踏み出ると、げっと言う顔をした蔵の肩をぐいっと引き寄せた。


「よーしでは最初からやり直しだ。はじめまして、僕は灰島雪路(はいじま ゆきじ)という。ちなみに二年A組出席番号は二十一番、二月十四日生まれの水がめ座AB型だよ」


西園寺はここに来て漸く男の名を知った。そして同時に大まかなプロフィールまでも意図せず入手してしまった。
はあ、と返事をしながら手を取られてぶんぶんと上下に振られる。

「そして彼はクララこと蔵乱馬だ」

蔵と肩を組んだまま嬉しそうに笑って、ピンク男――灰島は嫌そうな顔をする蔵を西園寺に紹介する。

クララ。
名前から上手いこと切り取っているが、残念ながら全く似合わないあだ名だと精悍な蔵の顔を見ながら西園寺は思った。

そしてだね、と灰島は楽しげに続ける。


「僕のことはハイジと呼ぶがいいさ」


眼鏡の奥で器用にウインクしながら言われたことを、西園寺はじっくりと噛み砕く。
もはやなぜ自分がここに居るのかとか、なぜ自己紹介されているのかとかを考えることはなくなっていた。
要は灰島のペースに完全に呑まれてしまっているのであるが、それを西園寺が気づくことはない。

目の前の男が言うことを理解することだけで頭がいっぱいだった。


灰島雪路、ハイジ。
蔵乱馬、クララ。


そして――どうして自分なのか。
西園寺は考えた。



「…あ、」



――西園寺の頭の中に、アルプホルンの音と、ヨーデルと、それから山羊の鳴き声が駆け巡った。
そして広い高原の只中で、やたらとほっぺの赤い少女と車椅子の少女がキャッキャウフフと戯れ出す。

ぱっと思い至った顔をした西園寺に灰島は満足げな顔を、そして蔵はやっぱり同情を含んだような顔をした。
蔵と肩を組んだ方とは逆の腕で、ぐいと引っ張られて西園寺の視界がピンクでいっぱいになる。


「うん。そういうわけで、仲良くしてくれたまえ、"おんじ"ッ!」


わははは、と笑った灰島に、「どういうわけ…」と蔵が呆れたように呟く。
今更ながらに、見かけも中身も全く正反対と言ってもいい二人が並んでいるとなかなか壮観だ。
それでも嫌そうな顔をしながらも振り払ったりせずにいる蔵に、この二人は多分仲が良いのだと感じる。


しかし、それよりも何よりも、西園寺が思ったのは一つだ。


どうせなら、おんじよりも、ペーターのほうがいいんだけど、と。

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