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奴が突拍子もないふざけたことをするのはいつものことだ。
津波みたいに呑み込んで、押し流して、攫って行く。


けれど奴の最も恐ろしいところは、そんな無茶苦茶で面倒くさいヤツに巻き込まれることを、悪くないと思えてしまうところなのだ。





美人は三日で飽きるもの








西園寺一平太は男である。

別に男女差別をしようというわけではない。
今の時代、男尊女卑なんてナンセンスであるし、家事が女の仕事だと決めつけるような家庭環境に育ったわけでもない。
けれども男性として生を受けたがゆえに、女子と比べれば格段に西園寺は料理も裁縫も触れる機会がなかったし、それでなくとも生まれつき不器用だ。

――つまり何が言いたいかと言うと、針と糸を持ったのなんて、小学五年生の家庭科の授業以来だった。



「――ヘタクソっ!」



西園寺が手に持っていた布の塊は、ぷんすか、という擬態語も相応しく憤慨した灰島によってポイと投げ捨てられた。
ちなみにピンクの麗人は、本日グレーで内側がもこもこしたネコ耳パーカーを着ている。そんな麗人の手によって宙に舞い弧を描いたそれを、ぱしりと何食わぬ顔をしていた蔵がキャッチする。


「あー!ちょ、なんでですかあー!」

「なんでもどうしてもあるかこの不器用さんめ!こんなガタガタな上にノロノロ縫いでは日が暮れてしまうじゃないか」


やれやれ、と呆れたふうに言われて、西園寺は不満げな声を上げながら糸が通ったままの針を針山にぷすりと突き刺した。

昼休みに例のごとくピンクの嵐に拉致された西園寺は、引っ張られるがまま調理室に来ていた。開いた扉の先には、今まさに弁当を開いているところの蔵が居た。しかもなぜか重箱だ。
蔵の醸し出す威圧感に未だ慣れない西園寺が反射的に身体を固くしながら挨拶しようとした矢先に、目の前にどんと置かれたのは、裁縫道具だった。
頭の上にハテナを飛ばす西園寺に灰島が命じたのは、何の変哲もない二つの布の端を縫い合わせるというわけのわからぬ指令だ。
ちなみに言うと西園寺はまだ昼食を摂っていない。パンの袋を開けたジャストその時に灰島が派手派手しく登場したから、きっと今頃西園寺の好物の唐揚げパンは、薄情にも笑顔で見送った山田の空腹を満たすのに一役買っているに違いない。
そんなこんなで腹の虫が鳴りやまぬまま、なぜか西園寺は持ち慣れぬ針でチクチクとやっていたわけである。それなのにこの仕打ち、この言われようだ。


「…ていうかなんで俺がこんなことを…」

「こんなこととはなんだ。大事なことだよ、君にはこれから色々と手伝ってもらおうと思っているからね」

「え。手伝うって…?」

「もちろん、"手芸部"の一員としてね!」

「―――は?」


まったく初耳の言葉に西園寺はぽかんとする。
その反応を見て、あれ言ってなかったっけ?なんて宣って灰島はあっけらかんと笑った。言ってないし、聞いてない。

手芸部ってあの手芸部だろうか。女の子がフェルトでマスコットとか、編みぐるみととか作りながらきゃぴきゃぴしてるあの。
西園寺は必死になって自分の脳内の引き出しから"手芸部"を引っ張り出した。
その上灰島は一員とか言わなかっただろうか。つまりどうやら、西園寺は自分でも知らぬ間に、存在するのも知らなかった手芸部に入部させられたらしかった。


「あふぃらめろ。おりぇもほほんほむりひゃりひれられた」


もごもご口に食べ物を入れたまま喋る蔵の言葉を読み取る限り、『諦めろ。俺もほとんど無理やり入れられた』、とのことらしい。

西園寺は頭が痛くなった。
蔵はもう素知らぬ顔で厚焼き卵を咀嚼している。そうしながら先程掴んだ西園寺の作品(未完成)を見て、面白そうにしているだけだ。


ああ、すごく帰りたい。
西園寺は強くそう思った。


あの日――西園寺の目の前に居るこのピンク髪の男が西園寺の日常を攫った日から三日が経った。
初めての拉致の後、へとへとになって帰って来た西園寺を待っていたのはクラスメイトからの質問攻めだった。
蔵のことはともかく――西園寺が薄々予測していた通り、灰島雪路と言う人はかなりの有名人らしかった。
持ちあがり組では学年を問わず知らない人はいないほどらしく、聞きかじっただけでもその武勇伝は凄まじい。
曰く、遊園地で見るようながっつり本物の着ぐるみで現れて校門をくぐった瞬間に生徒指導課に連行されたであるとか。
はたまたその連行された先で、口先のみで教師を丸め込んだであるとか。
やることなすこと不可解ででたらめに見えるのに、頭はべらぼうに良くて、テストでは毎回例外なくエリートの生徒会役員や風紀委員をも抑えて学年トップに君臨しているだとか。
他にもあることないこと、絶対嘘だろうと言う噂もいくつか聞かされた。
それでもそれら全てから凡そ読みとれる事実――それは、灰島雪路は少し――いやかなり、奇人変人で変わっている、ということである。

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