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嵐のような男の登場、そして頬に触れた柔らかい唇の感触に茫然としている間に、西園寺は気がつくと廊下を手を引かれたまま引きずられるようにして歩いていた。



「――へ、え…え!?」


我に返って目の前でウサ耳をぴょこぴょこさせながら進んでいる男を凝視する。
ずんずんと早歩きで先を行く男の長い脚とのコンパスの差のせいで、西園寺は殆ど小走りのような状態だった。
昼休みの人垣を掻き分けていく二人に、廊下に居る生徒からの視線が突き刺さる。みんな呆気にとられてピンクの男を見た後、彼に連行されている西園寺を見て首を傾げるのだ。


「いやあ、今日は実にいい天気だね!」


そう思わないかい思うだろう、と肩越しに振り返ったピンク色の男はその眼鏡に窓の外の青空を映しながら上機嫌にそう言った。
繊細な顔立ちとはギャップのある深みと艶のある声なのに、口調のせいかからっとした印象を受ける。


「は、はあ…」


西園寺は曖昧にそう返して、すぐにいやそうじゃないだろうと心の中で自分に突っ込む。


「あ、あのー…ちょ、これ何処に向かってるんですか?てゆうか、」


あなたは誰ですか。
そう根本的なことを尋ねる前に、ぴたりと男が足を止めて「ここだ!」と高らかにのたまった。
突然の停止にどんと男の背中にぶつかって、西園寺は謝りながらぶつけた鼻を押さえる。

調理室、とプレートに書かれたそこは来週辺りに調理実習の授業で使う予定の教室だった。男は迷わずがらり、と扉を開ける。
あれ、鍵とか掛かっていないのだろうかと西園寺は素朴な疑問を抱いた。


「すまない待たせたね!」


元気よくそう行った先には、しんとした空間が合った。ぴちょん、と締めの緩んだ蛇口から水が一滴落ちる。
おや、と男は首を傾げた。
誰かと待ち合わせでもしていたのだろうか。


「おかしいな。今日はここだろうと思っていたのだが」


誰かについてぽつりと呟いた男の言葉は酷く曖昧だ。
どうやら示し合わせていた訳ではないようだし、その人物の居場所も勘で当たりを付けていたらしい。


「あ、あの、」

「ああ…そうか、大会が近いのだった。僕としたことが失念していたね、すまない行先はここではなかったようだ」

「のわっ、わ、え、」


いい加減ちょっとでもいいからと説明を求めようとした西園寺の言葉はまたしても遮られた。
怒涛の勢いで一気にそれだけ言うと、男は再び西園寺の手を取ってぐりんと踵を返し歩き出す。


「やれやれ…春だからかな、流石の僕も最近少しボケているらしい」


はあと悩ましげな息を吐きながらも歩みはちっとも緩めずにいる器用な男に引っ張られて、西園寺はもう途方に暮れるしかない。


「まあ君に会えて浮かれていたと言うこともあるのだけれどね、」


さらりと笑顔でそんなことを言うので、相手の顔がなまじ整っているぶん西園寺は思わずどきりとしてしまう。
それに対してうんとかすんとか返す前に物凄い遠心力で階段の踊り場を曲がられたので、舌を噛みそうになる前に口を閉ざすことにした。
恐らく何を言ったところで、この男は目的地に着くまで耳を貸してくれないだろうと感じたからだ。

一階まで降り、渡り廊下を抜け――どうやら体育館の方に向かっているようだった。
気になるのは、引きずられる間にも西園寺たちはしっかり周りの視線を集めていて、その多くがなんだかこの男を見て「あ!」という顔をすることだ。
西園寺はなんだか嫌な予感がしていた。
もしかしたら、この人は西園寺が関わりたくない部類の人間なのではないだろうか。すなわち、西園寺が苦手とする親衛隊を引き寄せるような人種である。
だいたいにして、この容姿にこの格好だ。持ち上がり組でない西園寺にとっては知らない人物だが、この学園では有名だったとしてもなんら不思議ではないような気がしてきた。
とてもじゃないが大多数の中に埋もれるような個性の持ち主とは思えない。

そんなことをつらつら考えて顔色を青くさせ始めた西園寺のことなどいざ知らず、体育館とその直ぐ横にある武道場が見えた時になって、男はただでさえ早足だった歩きを駆け足に切り替えた。


「見つけた!」


うわわわ、と間抜けな声を上げて、それでもなんとか西園寺は足をもたつかせながら懸命に転ぶまいとついて行く。男が目指す先には、いつも運動部が使用している手洗い場があった。
そこには紺色の胴着を纏った生徒が数名いて、どうやら顔や手を洗っているところらしく、よく響く声を上げて疾走してくる男と西園寺に気づいた何人かが目を丸くしている。
そんな中一番手前の蛇口で、ひとり長身を屈めて顔を漱いでいた人物が背を起こしたのに、引きずられていた西園寺はなんとなく目を留めた。
黒髪から水を滴らせ、顔を肩に掛けたタオルで拭いながら漸く此方に視線を向けたその袴姿の人物を認識した瞬間、西園寺は息を飲んだ。


「――く、蔵先輩…!」


背筋が伸びた凛々しい立ち姿――袴のよく似合う大和男児を体現したような凛々しさ。
全てを見透かすような切れ長の目。

西園寺は彼を知っていた。
この学園で絶大な人気を誇る二つの組織の内、慕われる半面恐れられてもいる風紀委員会に属し、剣道部主将、運動部統括長といくつもの肩書を持つ男。
近づいてくる西園寺たちの方を見てぴくりと片眉を上げた人物こそ――風紀副委員長、蔵 乱馬その人であった。

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