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その日。
ピンク色をした嵐が、平凡な毎日をぶっ飛ばしていった。




出逢いは突然訪れるもの






今からもう、半年ほど前のことだ。

高校生活をスタートさせて間もない西園寺一平太は教室で、家が近所で幼馴染の山田と、それからまだ言葉を交わすのが少しだけぎこちない、何処まで突っ込んで会話していいのかまだお互い探り探り――といった新しいクラスメイト数名と、それでも楽しく昼ご飯を食べていた。

お金持ち学校なこの高校のこと、勿論食堂はあるにはある。
けれども、あそこはいつだって混んでいる上に人気のある生徒が居ようものなら騒がしくて落ち着いて食事もできない。入学して初めて食堂を利用して以来、それに懲りた西園寺たちは大抵購買で買って教室で昼食を取るのが普通になっていた。
西園寺たちと同じように教室内に居るのは最近では同じメンバーに定まってきている。
ここに居るメンツは――なんというか、庶民的でいて、この学園に"染まっていない"。
エスカレーター式とも言える小中高一貫学校のこの高等部では、その半分が隣町にある中等部からの持ちあがり組だ。
中等部をありふれた公立中学で過ごした西園寺がこの学園に入学したのは家から一番近いからという単純な理由だったが、入った初日はあまりのアウェイ感に挫けそうになったものである。西園寺は人見知りなのだ。
同じクラスに知り合いの山田(山田は中等部からの持ちあがりだ)がいなければ確実に不登校になっていた所だった。

何が言いたいかと言うと、その持ちあがり組の生徒のことである。
幼いころから男子校で全寮制を売りにしているこの学園に閉じ込められている彼らは、独特の世界観と価値観とを持ち合わせている。
娯楽のない空間で思春期の欲求を持て余した彼らがそれを発散する矛先は、必然的に身近にいる同性だ。
そして哀しいかな、いつの時代も憧憬され慕われ愛されるのは見目のいい人間と決まっている。
同性愛と言うからには本来男性女性と分割されるはずの役割を、一つの性別の中で振り分けて担わなければならない。
故に、持ちあがり組の生徒は"タチ"と"ネコ"に分かれていて――正直言うと、西園寺はその"ネコ"に属する奴らが苦手だった。
人気のあるやつがいればきゃあきゃあと声を上げ、まるで女子のように鏡を見ては前髪を整え――蔑む気こそないが、全くもって理解できないのである。

西園寺は自分の顔をブサイクではないと思っているが、だからと言って人より秀でていると勘違いするほど馬鹿ではない。
言うなれば十人並み、極々平凡で頻繁に「知り合いにそっくりなやついるよ」と言われる容姿だった。
だから当然騒がれる側にはならなかったし、かと言って騒ぐようなミーハーさも持ち合わせていなかった。

要するに自分と"ネコ"をしている彼らとは、相いれない人種だよなあ…と、そう考えている。

そんなわけで、"親衛隊"とかいうファンクラブまがいの者を結成して屯している彼らが多くいる食堂にはあまり行きたくないのだ。


「あれ。なんでお前焼きそばパンなんか食ってんのそれ俺のじゃんよ山田のくそ馬鹿」


ぼうっとしてたらラスイチで売っていた奇跡の焼きそばパンを山田が何食わぬ顔で勝手に横取りしてはむはむと頬張っていた。
あー悪い悪いと、大して悪びれずにもぐもぐしながら謝る山田にむかついたので、西園寺は山田が買ったやっぱりラスイチのコロッケパンを頂戴して齧りつく。
慌てる山田を余所に、あー次英語だなあ単語テストだっけダルいなあと思いながらペットボトルのお茶をごくりと一口飲んでコロッケパンを流し込んだときだった。


――けたたましい音を立てて教室の扉が開けられたのは。





「――やあ諸君!ぐっもーにん!いや、今は昼だったか、ふはははははハローハロー!」





のんべんだらりとした昼の空気なんてあっという間に吹き飛ばして、男はやって来た。
豪快に、それでいて爽快に現れたその人物は、呆気にとられている西園寺たちを気にすることもなく愉快げに笑い声を立てている。
ぼたぼたと口元から垂れる緑茶を気にする余裕もなく、西園寺は目を白黒させて突然の訪問者を見ていた。

ピンクだ。

茫然とする中で、西園寺はピンクだ、と思った。
突飛な事態に回らない頭は直感的に見たままの印象を弾き出したまでである。

学ランが指定のこの学園において、この男もまた西園寺らと同じようにありふれた黒い制服を纏っている。
だが前を開いたその下に着ているのは、西園寺たちが着ているような白いワイシャツではない。
ピンクのパーカーである。

男はそのパーカーのゆるりとしたフードを被っていて、そしてフードにはなにか垂れたもの――たぶんウサ耳だ――がついていた。

さらに言うと、フードから出ている髪の毛もピンクだった。
とは言え此方はピンクと言うよりもベージュに近い色で、艶やかなそれは、ニキビとは縁がなさそうなまっさらな肌と僅かに覗いているピアスだらけの耳にさらりとかかっている。
二重の茶色の目と、大きな黒縁眼鏡(後で山田に聞いたところによるとウエリントン眼鏡というらしい)がよく似合うくっきりとした顔立ちは、近くで見るととても整っていた。

近くで、見ると。


「うわっ!」


西園寺は思わず座ったまま仰け反って素っ頓狂な声を上げた。
いつのまにか、男が目の前まで近づいて来ていて、椅子に座った西園寺の顔をじいっと見つめていたからだった。
眼鏡のレンズに、自分の顔が映っている。

が、ガン見だ。西園寺は緊張と驚きにごくりと唾を飲んだ。
じいい、とじりじり頬が焦げるんではないかと言うくらいに熱心に見詰められて、なんとなく声も出せずに西園寺も、周りも固唾を飲んで男の様子を見守っている。


「…君、さいおんじいっぺーたくん?」


暫くの見つめ合いの後、静かに、真剣なトーンで男は尋ねた。
何故か名前の部分が酷く片言な気がしたが、西園寺はなぜ男が自分の名を知っているのかと困惑気味である。
答え倦ねている間にも、「ねえねえどうなの」と男は身の丈に合わない、けれどどこか様になっている幼い仕草で西園寺の制服の裾を引っ張った。


「……はあ。そうですが」


他に同姓同名がいるとは思わなかったのでとりあえずおずおずと西園寺が頷いて見せると、目の前の男はぱあっと表情を輝かせた。
そのままがしっと力強く両手を取られる。
握っていたコロッケパンがぐにゃりとなったが男は歯牙にもかけない。




「―――見つけたッ!なんたる運命だろうね!君を待っていたんだ!ああ、会いたかったよ!」



――待っていた?
はてな、と思う間もなく。そして嫌な予感を感じる間もなく。


西園寺は見ず知らずの男に―――ぶっちゅりと頬に熱烈なキスをかまされたのである。

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