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ちゅるちゅると吸っていたいちごミルク(なんだか期待を裏切らないチョイスだと西園寺は思った)を口から外して、灰島はぐいと袖をまくった。



「ちょっと貸してみたまえ」


すっと白い手に針を取り上げられたと思ったら、灰島は積み重ねられた布の山から無造作にひらりと何枚かを選びぬく。


「僕がお手本を見せてあげよう。いいかい、おんじ。縫物ってのはこうやるんだよ」

にこりと微笑んで灰島は布を目の高さまで持ち上げて少し眺めた後、流れるような動きで針を通し始めた。
くいくいとリズム良く糸を張ったり弛ませたり、ぎこちない西園寺の動きとは違う、目を見張るような滑らかさだ。
西園寺が呆気にとられている間に灰島は恐るべき手際の早さで袋を作り上げてしまった。玉結びして伸ばした糸をぷつんと揃った歯で切る。
縫い目も細かく均等、内側からひっくり返せば端が内側に隠れて形も綺麗だった。それにフェルトを切り取ったパーツを、やはり慣れた様子で縫い付けていく。


「コレで完成!」

「おお…」


ぷすんと針山に針を立てて、灰島は得意げに笑った。
西園寺は素直に感心してぱちぱちと手を叩いた。手芸部だか何だか知らないが、なるほど裁縫の腕はかなりのものらしい。
蔵はと言えば腹が満たされたのか、ブラックコーヒーを飲みながら眠たそうにしている。


「すごいですね。でもその袋の底の丸いのはいったい――?」

「そしてこれをこうするわけだね!」



西園寺が疑問を言い終わる前に、灰島は袋を逆さにして――あろうことかそれをそのまま油断している蔵の頭に被せた。
ちょ、ええええ!と西園寺は心の中で恐怖の悲鳴を上げた。

すっぽりと被せられた布に、蔵の顔は窺えない。
茶色っぽいボア製の布にやはり茶色の丸いフェルトが二つ取り付けられたそれは、どう見てもクマを模した帽子、だった。


「わははははは可愛い!可愛いねえクララ。よしよし」


ぐりぐりと帽子ごと蔵の頭を撫でまわす灰島を、西園寺は信じられないものを見るような目つきで見た。
ずれた帽子の下から仏頂面の蔵の眼が見えて、西園寺はひっと息を呑む。
なんという恐いもの知らずだ。つーかもうこの人馬鹿だ。
至極満足気な灰島を見て、西園寺はそう思った。


「やめんか腐れピンク」


びくびくする西園寺の予想に反して、蔵は撫でまわす手から鬱陶しそうに頭を逸らして逃げるだけだった。
悪態を吐きながらするりと灰島の手を除けて、傍らにあったいちごミルクを奪い取る。
あ、と西園寺が思うと同時、蔵はストローに口を付けた。口に含んでから、顔を顰める。


「甘い。よくこんなものが口にできる」

「君っていつもそういいながら僕のいちごミルク飲むじゃないか。飲むなら飲むで美味いと言ってみたらどうだい」


いちごミルクが不憫だよ、と嘆きながら灰島は蔵から奪い返した紙パックのストローを咥える。

男同士で間接キスも何もないのだけれど、それでも西園寺にはなんだか驚くべきことだった。
他人のものに口を付けるだなんて蔵はそういうことをするイメージが――あくまで勝手なイメージだが――なかったし、しかも灰島は"いつも"、と言った。

――いつも飲んでるって、そりゃ…。

へ、へえー…と西園寺は引っかかる事実を無視して灰島と蔵を見た。
こうして見れば見るほどどうして一緒に居るのか分からない二人である。
楽しげに笑うネコ耳男に、呆れた顔をしているクマ耳男。なんだかとても滑稽だ。
それでもなんだか遠慮がなくて、ちぐはぐなくせに噛み合っている二人の雰囲気は思ったより心地よい。

ぼうっとしていると、頭にもふっとしたものが被せられた。言わずもがなクマ帽子である。


「…ま、手芸部といっても縫いもんなんてしてんのはあのピンクだけだ。俺は風紀や部活でいないこともあるし、手伝っても布切ったりする程度。作業しない日もあるし基本は自由だ――どうだペーター」

ペーターって呼ばれたよ。
西園寺の頭はそれでいっぱいいっぱいだ。というかおんじかペーターか出来ればどちらかに統一していただきたい。
だいたいどうだ、と言われてもどうしようもない。


「…入部なんていやだって言ったら、あのひと面倒くさそうですね」

「よくわかってるじゃないか」

「うちの教室に毎日来て駄々とかコネそう」

「ああ、俺の時はそんなこともあったな」


布をちょきちょきと切っている灰島を眺めながらぽつりとそう零せば、蔵がふっと笑いながら楽しそうに言葉を返してくる。


「少なくとも暇つぶしにはなる。思う程悪くはねえさ」


蔵はぽんぽんとクマ帽子の上から西園寺の頭に手を弾ませて缶珈琲を呷った。



「――あの馬鹿は見てて飽きないからな」




そう続けた声が驚くほど穏やかで柔らかくて、西園寺はぐうと腹が鳴るまで暫く呆けていたのだった。



それからというもの。
昼になれば西園寺少年は決まって友人たちに断って真っ先に調理室に向かうようになる。
何故かって、少しでもちんたらしようものなら容赦なくピンク色の変人が騒がしく教室に訪れるからだ。

そしてたまの放課後や、土曜日や日曜日、西園寺は気まぐれとしか言いようがないスケジュールで"部活動"をすることになるのである。

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