アリスドラッグ | ナノ


▼ 狂人の愛



「……ッ」


 突然冷水を浴びせられて、カイは目を醒ます。いつの間にか気を失っていたらしい。肌にこびりついた血が乾いてパリパリとしている。

 のろのろと視線を漂わせると、バケツをもったジークフリートが傍らに立っていた。やはりというか、冷水をかけた犯人は彼のようだ。


「……今、何時」

「夜10時だ。今日のマスカレイドも終わった」

「……何しにここにきたんだよ。最期に俺のこと嘲笑いにでもきたか」

「いや……べつに、目的なんてないさ」


 ジークフリートはぼんやりとした表情でカイを見つめている。よくよくみてみれば、今朝の、マスカレイド用の服装とは違う、軽装になっている。着替えてからわざわざここに来たのだろうか……彼の意図がわからず何と話しかければいいのかカイが戸惑っていると、ジークフリートがカイのベッドの端に腰掛ける。逃げる体力も全く残っていないカイは、また嬲られるのかとうんざりしたが……しばらくしてもジークフリートは動こうとしない。


「……何か言えよ。それか、俺で遊びたいならさっさとしろ。日が変わる前には寝かせてくれ。もう体が限界なんだ」

「ああ……」

「……」


 ジークフリートはベッドに座ってからも、虚空をみつめるばかり。彼が何がしたいのかわからず、居心地の悪さを誤魔化すようにカイは彼に背を向ける。


「……!」


 ぎしり、とベッドが軋む音がして振り返れば、肩を掴まれて仰向けにされた。そしてジークフリートは体をベッドに乗り上げて、カイを跨ぐようにして座る。懐から取り出したのは、ナイフだった。


「……待っ、それは、さすがに……ッ、う」


 ジークフリートは黙ったまま、シャツがはだけたカイの胸元にナイフの切っ先を沈めるほんの僅か、血が滲む程度。そのまますうっと皮だけを断つようにしてナイフを腹の辺りまで滑らせた。
ピリ、とした痛みが発生すると同時に、ぷつぷつと血が傷口から現れる。ジークフリートはそれに唇を這わせ……静かに舐めとった。背中の下に手を差し入れられて、抱くようにして。無言でジークフリートは傷口を舐め続ける。


「……ジークフリート?」


 何をしてるんだ、そう聞こうと思ったが、口が動かない。彼のどこか変な様子に、言葉が詰まってしまう。


「……すっごく、興奮する」

「は? いきなり何を言い出すかと思えば……気持ち悪い」

「おまえにこういうことしていると、すごく興奮する」

「……」


 じろりとジークフリートはカイを見上げた。たしかな熱が篭っているその瞳に、ゾクッとする。まるで獣のような目だ。カイは以前彼に襲われかけたことを思い出し、怖くなって目を逸らす。なぜ、ジークフリートは自分をそんな目でみるんだろう。


「おまえが初めてなんだ……こういうことしたいって思うの」

「そりゃあおまえが俺を嫌いだからだろ。嫌いじゃなきゃこんなことしたいなんて思わない」

「……じゃあ、俺はおまえで初めて、人を嫌いになった」

「……」


 ジークフリートが顔を寄せてくる。カイは思わず口をつぐんでしまった。じっと見つめられ、本当に怖いと思った。

 抵抗しようにも、手錠をかけられた手ではうまくいかない。力なくジークフリートの胸を押し返すも、びくともしない。離れてくれ、そう頭のなかで叫んだ瞬間……タイミングを合わせたようにジークフリートはカイの後頭部を掴んだ。そして、そのまま唇を奪う。


「――ッ!?」

(はあ……!?)


 あまりの衝撃に頭が真っ白になった。何をされているのかわからなかった。


(え……キス? なんで? え?)

 
 唇が離れていき、ぽかんとカイはジークフリートを見つめる。その表情に――ぎくりとした。彼の初めて見る表情だった。

――ジークフリートは切なげに目を細め、静かに、カイをみつめていた。


「明日……おまえは死ぬ」

「……そうだよ、おまえたちに殺される」

「おまえが、死ぬ」

「ん、ッ……」


 また、口付けられる。噛み付くようなキスだった。舌で唇をこじ開けられて、無理やり咥内を引っ掻き回された。噛みきってやろうと考える余裕もなくなってしまうくらいにそれは激しく、熱い。

 なんで、こんなことになっている。なんで……


「は、なせ! ジークフリート! なんでこんなことを――……」


 なんで、おまえは泣いている。

 力任せにジークフリートを押しのけてみれば、ジークフリートの瞳に涙が浮かんでいた。わけのわかんないことするなと怒鳴りつけてやろうと思ったのに、その気が失せてしまう。


「……意味、わかんないんだけど。なに? まさか俺が死ぬのが寂しい?」

「……」

「は、笑わせんなよ……おまえ、俺に今まで何をしてきたかわかってんのかよ、俺は聖人なんかなんでもねえぞ、本当はおまえのことが憎くて憎くて仕方がない。おまえが王子とかいう立場じゃなければ……殺してやろうと思うくらいにな!」

「――じゃあ殺せよ! 力の限り抵抗すればよかったんだよ! おまえは強いんだろ、俺が王子だからって手を抜いてんじゃねえぞ!」

「は……」

「あの死刑のときだって、昔町で会ったときだって、俺がおまえを捕らえたときだって――おまえは俺と対等に渡り合える力をもっていたくせに、何もしなかったじゃねえか! ふざけんなよ、憎いなら殺しにこいよ、俺と同じ力を持つ男なんて、この世におまえしかいねえんだよ!」


 ジークフリートがカイの肩を掴む。爪をたてるようにして力いっぱいにそうされると、痛い。


「……ずっと……敷かれたレールの上を歩いて行くだけの人生で……おまえだけが、特別だった。俺が父親の命を遂行できなかったのは、あの死刑のとき、おまえを取り逃した――あれっきりだ。俺から逃げる力をもっているのなんて、おまえしかいないんだよ、おまえだけが……俺と同じ……」

「……それが? おまえのやっていることはめちゃくちゃだ。俺をハメて絶望の内に殺してやりたい……でも死んでほしくない……なにがしたいわけ?」

「……俺がききてえよ。おまえの苦しんでいる顔をみると興奮するんだ。だから、ひどいことをしてやりたいんだ。……でも、おまえがいなくなるって考えると、すごく悲しくなるんだ」

「……、」


 三度目の、キス。今度は優しいものだった。

 ――ああ、こいつは。一度……ジークフリートについて、考えたことがある。国を守る魔術師として、王子として生きるために、彼は人の心を教えてもらえなかったのではないかと。今、それが正解だったのだと、カイは確信した。この男の「愛」は……歪んでしまったのだ。好きになればなるほど――虐げてやりたい。そんな風に。


「俺は生まれたときから魔術に長けていて……だから普通に扱ってもらえなかった。恋人も友人もつくることを許されず――ただ、魔術師として強くなることだけを求められて生きてきた」

「……うん」

「少し大きくなってからは、王子として社交的な力を身につけるために色んな人と付き合わされた。人を愛するというのはこういうことなんだって、そのとき教えられたけど……よくわからなかった」

「……」

「実際に今まで人と付き合ってきたなかで……記憶に残っている人は、いないんだ。みんな、父親が「好きになれ」と言ってきた人で……夢中になんてなれなかった。アイゼンシュミット、おまえは違う。唯一の俺の人生の汚点をつくりだし――生きながらえていた。それが負の感情なのかどうかなんてわからない、でも俺は初めて自分の意思で気になる人、というのができた」


 ジークフリートの手が、カイの頬を撫でる。肌の感触を味わうような柔らかい愛撫がくすぐったくて、カイは身をよじる。


「……俺は、人の愛し方とか、わからない。でも、きっと……おまえのことは、愛してる」


 ジークフリートの瞳から零れる涙が、その頬をつたい、そして、雫となってカイの頬に落ちる。

 しつこいくらいに、またキスをされて、カイは今度は抵抗しなかった。目を閉じて、それを受け入れた。

 王子としての使命を果たすあまり、ジークフリートは人間らしさを失ってしまっていたがーーカイを愛しているそのときだけは、感情という感情が胸のなかに溢れていた。それが歪んだ愛だとしても。その想いは、ジークフリートにとって大切なものだった。


「……っ」


 自分はお人好しなのだろうか……ジークフリートのキスを受けながら、カイは思う。今まで散々酷いことをされておきながら……その想いをきいてしまって、憎しみの念が薄れてしまっていた。むしろ、彼を救うことはできないのかと――そんなことを考えはじめていた。彼は二度と、人間の心を持つことができないのかと――


「う……」


 ジークフリートがカイの上半身を手のひらで撫でる。つけられた傷を掠めるたびに痛みがはしって、カイは目を眇める。そんな表情に高揚しているかのようなジークフリートの目をみて、カイは苦笑いする。


「……俺、マゾじゃないんであんまりキツイのはやめてくれる?」

「……キツくしなかったら……いいのか?」

「……いいよ」

「……!」


 ジークフリートの瞳が揺れる。嬉しそうな顔するなぁ、なんて妙に冷静にそれを見上げて、カイは目を閉じる。また唇を奪われることを予感してのことだ。案の定、ジークフリートはカイの唇を求めて食らってきた。

 ジークフリートの背に腕を伸ばそうとして、散々つけられた傷がギシリと軋む。心のなかで悲鳴をあげながらもなんとか彼のシャツを掴んでやると、その体がぴくりと身じろいだ。咥内を引っ掻き回す舌の動きが激しくなっていく。体力があまりなくて、それにはついていけない。カイはほぼされるがままになってそれを受け入れていた。


「んっ……」


 指先が、今朝つけられた噛み跡にふれる。まるで性感帯を責めるかのような手つきでそこを触られて、ビリビリとした痛みがそこに生まれてくる。

 痛い。かなり痛い。でも耐えろ。もう少しで救えるから――これをできるのは、俺しかいない。

 ジークフリートがカイの肌に唇を滑らせてゆく。そして、噛み付く。遠慮無く、肉を食いちぎる勢いでそれをされて、あまりの痛さにカイは身を捩った。血の雫が転がっていく感覚が肌に伝わってくる。噛まれたところが焼かれるように痛い、熱い。また別のところを、そしてまた……と、ジークフリートは延々とカイの体に噛み痕を残していく。「やめろ」と制止の声をあげてしまいそうになるのを堪えるように、カイは自らの口を腕で塞いだ。噛まれる痛みを誤魔化すように、自分でも腕を噛んだ。


「ふ……」


 脇腹のあたりまで痕をびっしりとつけたところで、ジークフリートは体を起こす。カイの上半身を覆うようにつけられた赤黒い噛み痕。ジークフリートは情欲に濡れた瞳でそれをみつめ、カイの体を愛おしげに撫でた。


「……綺麗だ」

「……ん、」


 カイはちらりと自分の体を見下ろして、「うわ」と変な声を出しそうになる。肌が血やら痕やらで斑になっていて、自分が寝転がるシーツも真っ赤になっていて……とてもじゃないが綺麗とは思えない。でもジークフリートはそれがいいという。本当に愛おしいという表情で見つめられて、――じゃあ、いいかな。なんて思う。

 可哀想なヤツ。国の王子となるために人間らしさを失ってしまった。王子、なんて讃えられるだろうけど、その正体は奴隷となにも変わらない。マスカレイドを利用してたくさんの人の生気を奪うことも、椛を騙してその魔力を自分のものにしようとしたのも――王子としての意思であって彼の意思ではない。この行為が、たったひとつの彼自身の意思による行為なら……それは祝福すべき行為だろう。


「……もっとしていいよ。俺が死なない程度にな」


 ベルトに手をかけられる。金属のカチャカチャとした音が牢獄の中に響く。脱がされていくところを自分であまりみたくなくて、カイは首を傾け獄中を見渡した。古い石畳でつくられた床と壁。引っ掻かれた痕のある鉄格子。こんなところで何をやっているのだろうとふと冷静になったが、もう後戻りはできない。

 下衣を剥がれて、脚が冷たい空気にさらされる。ジークフリートは片足を持ち上げると、つま先に口付けをした。一国の王子が大罪人のつま先にキスをするとか……カイは妙な気分になってその様子を凝視していた。足の甲、脛、と徐々にキスの位置があがっていく。そして、ぐ、と脚を押し込んで、膝の裏を舐めてきた。殆ど触れられたことのないそこを舐められるとゾクゾクとしてしまって、カイは思わず手の甲を噛む。思い切り脚を持ち上げられていることによる羞恥心もごまかしたかった。


「……アイゼンシュミット、おまえ、その顔……いいな」

「あ?」

「もうちょっと……みせて」

「……っ、」


 する、と片方の脚の内ももを撫でられて、変な声が出そうになる。ゾワゾワと全身に鳥肌がたってきて、カイは両肩を縮こまらせた。ガシャ、と手錠の音が耳に障る。


「……ッ」


 ジークフリートの体がカイの脚の間に割って入ってくる。

 今、自分がどんな顔をしているのかわからない。ただ、羞恥で紅くなっているのは確実だ。みられたくない、と思うのにジークフリートに腕を頭上に持ち上げられてしまって、隠すことも叶わない。は、と熱っぽい吐息がジークフリートの唇から零れて、とりあえず今自分は彼を煽るような表情をしてしまっているのだということを、カイは理解する。


「俺さ……あんまりセックス好きじゃないんだけど……今、すっごくしたい」

「……へえ」

「っていうか、おまえを抱きたい」

「犯したいの間違いじゃないの」


 ……なんとなく、流れをみていて覚悟はしていたが。口に出して言ってくるとは思わなかった。だって、嗜虐を好む彼なら、無理やり突っ込んだ方が興奮するんじゃないか、そう思っていた。


「……どっちでもいい。もっとその顔、みたい」


 ――どっちでもいいのはこっちだ。犯したいんだか愛したいんだか、どっちにしたって彼自信の意思だということには変わりない。ただ、俺はそれを受け入れればいい。


「それだけはあんまり乱暴にやるなよ、死ぬ前に切れるとかかっこ悪すぎて無理」

「……滑りよくするやつとか今持ってないから魔術つかうよ」

「はあ? 変なことに魔術使うなよ!」

「ちょっと黙ってろ」


 ぐ、とジークフリートがカイに覆いかぶさってくる。ジークフリートは至近距離でカイの表情を舐めるように見つめると、鼻の頭にキスをした。今にも食らいついてきそうなその眼差しには、カイもくらくらした。そんな目で見つめられるのは初めてだ。ましてや、あまり快く思っていなかった相手にやられると、どんな反応をすればいいのかわからない。


「ひ、っ……」


 突然、後孔に指を突っ込まれて、思わずカイは声をあげた。結局魔術を使っているらしい。痛みは殆ど無い。肉を割ってぐいぐいと異物が入り込んでくる感覚が生々しく伝わってくるのみ。


「熱……おまえの中」

「……言うな」

「……嫌そうな顔。もっとしてよ」

「あっ……、」


 前立腺を擦られて、下半身が勝手に跳ねる。変な声だけは絶対に出したくない、その一心でカイは唇を噛んだが、そんなカイの気持ちを嘲笑うようにジークフリートは刺激を強めていく。体をびくびくと動かし、ジークフリートから必死に顔を逸し、汗を流しながらも頑なに声を我慢するカイを――ジークフリートは恍惚とした表情で見つめていた。

 しつこいくらいにそこをほぐされる。愉しんでいるのか気を使われているのかはわからなかったが、ジークフリートはその間ずっとカイの顔をみつめていた。唇を強く噛みすぎて血を流すと、その血を舐め取られ、そのまま唇を塞がれる。


「……そろそろ、限界」

「挿れるの?」

「だめ?」

「……べつに」


 ここまでやらせてといて「それはダメです」とは言えない。ひとり覚悟を決めて、カイは承諾した。

 どれだけ……この男は寂しかったのだろう。同じ「天才」をみつけたとき、どれだけ嬉しかったのだろう。カイの答えに嬉しそうに笑ったジークフリートをみて、カイは思う。素直にその気持ちを抱けるような心を育てることもゆるされず、ただ孤独を募らせてゆくばかり。今、この瞬間――ずっと望んでいた自分と同類の男とひとつになる、そのときは彼にとっての救いになるのだろうか。


「……、く、」


 熱いものがなかに入ってくる。とうとうやられた、と男としてのなにかを失ったような喪失感があったが、カイは一切抵抗しなかった。深く息をして、彼を受け入れる体勢を整える。最後まで入った瞬間、安心感から一気に全身の力が抜けた。


「カイ……」

「んっ、……、あ」


 名前呼んだ……そのことに気をとらわれていたカイは、突然腰を突かれて小さく声をあげてしまう。内臓を突き上げられるような感覚に、快楽は覚えずとも声は勝手にでてしまうのだ。それを引き金にするように、体が揺さぶられる度に吐息混じりに声を漏らしてしまった。その苦しさに、ジークフリートの胸元にしがみついて目を閉じる。


「カイ……好きだ、……」

「あ、……ッ、あ、」


 しばらく全身が触れ合うようにして、ジークフリートは律動をくりかえしていた。カイは完全に彼に身を委ねて、されるがままになっていた。抱きしめられるようにしてなかを突き上げられていると、存外に悪い気分にはならない。自分に夢中になって腰を振っている彼をみて、カイは静かに、笑う。


「カイ」


 ふと、ジークフリートが体を起こす。そして、虚ろな、熱っぽい瞳でカイをみつめたかと思うと、カイの首に手をかけてきた。しかし、体重をかけられ苦しさにカイが喘ぐと、すぐにその手は緩められた。


「……、」


 不思議に思ってカイはジークフリートの表情を伺う。そうすれば、彼は少しだけ、迷ったような表情をしていた。その顔をみて、カイは思わず笑う。


「いいよ。好きなだけ、俺の体にぶつけてきて」

「……っ」


 ミシ、と首の骨が軋んだような気がした。強い圧迫感に気を失ってしまいそうになる。首を締めるジークフリートの手の力がどんどん強くなってゆく。苦しくて苦しくて仕方がない。ぼんやりと虚ろな色が灯ってゆくカイの瞳に、ジークフリートのものは堅さを増していった。やはり、苦しんでいる表情には興奮してしまうらしい。ジークフリートはその瞳に涙を浮かべながら、カイを激しく突く。


「あっ……、あ、」

「カイ……」


 酸素が回らないせいか、すうっと頭の中が冷えてゆく。そして、次第に全身の傷の鈍痛がひどくなってゆく。安っぽいベッドの軋みと、荒いジークフリートの吐息だけが頭の中に響いて、何も考えられない。体は知らない間に快楽に追い込まれていっているのか、ゾクゾクと波のようなものが下腹部にたまってゆく。ガツガツと奥を抉るような律動のせいで、みっともない声もでてしまっていた。でも、こらえようという思考すらも働かない。歯と歯がガチガチとなって、舌をかまないようにするのに必死だった。苦しみなのか、痛みなのか、快楽なのか――もう、わけがわからなくなって、……その状態のまま、達してしまう。強くジークフリートのものを締め付けたためか、彼もイッたらしい。


「……げほっ……、」


 ジークフリートに首を開放され、カイはとたんにむせた。何度も何度も咳こんで、過呼吸のような状態に陥っているカイを、ジークフリートはぎゅっと抱きしめる。しばらくその状態でいると、なんとか落ち着いてきて、カイははー、と大きく息をついた。


「……おまえも俺も、ろくでもない人生だったな。でも、本当に真っ暗だったわけじゃないから……良かったと思う」

「……」


 カイの言葉をきいて、ジークフリートは泣きながら、キスをする。カイには椛がいて、ジークフリートにはカイがいた。どれだけ、カイの存在に救われてきたか。自分と同じ力をもった人間がいるという事実だけで、平坦な人生が彩られてきた。

 カイのことは殺さなければいけない、それはクラインシュタイン家の使命だ。明日、カイを殺したら――次の日からは今度こそ、つまらない孤独の人生が待っている。恐ろしいほどの喪失感に、ジークフリートは怯えるようにカイにしがみつく。


「椛はどんなに奪っても寿命の縮むことのない「無限の魔力」をもった人間だ、おまえにとって、必要な存在なんだろう。悪魔に襲わせて一気に大量の魔力を奪う……おまえはそうするしかない。……もう、俺はおまえを止めることはできない。止めることができる魔力を持っていない。だからせめて……辛い記憶は全部消してやってくれ。嘘の愛でもでもいい、彼を幸せにしてあげて欲しい」

「……そう頼まれると、逆にしたくなくなる。おまえのこと好きだから」

「……ほんとクズだな、最悪」

「……嘘だよ。ちゃんと幸せにします、結婚したからには」

「ん、それでいい」


 ごろりとジークフリートがカイの横に転がる。ぼろぼろになったカイの体を抱きすくめ、声を殺しながら泣いていた。子供のように自分に縋り付いてくるジークフリートに、カイはそっと寄り添う。そして、頭にキスを落としてやると、緊張がとけたのか――意識を失ってしまった。


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