▼ 月と魔法使い10
町から離れた森の奥まで逃げて、ようやくカイは体を休めることができた。自分の身に起こったことが未だに信じられなくて、動悸が止まらない。自分が男に、しかも以前殺されかけた国の王子に襲われかけた理由がわからない。首を締めながらも興奮に目をぎらつかせていた彼には、心底恐怖を覚えた。そういう性癖を持っているのだろうか。わからない。
よくよく考えてみれば、ジークフリートという男はおかしな男に思えた。約十歳――その頃に、人を殺すことに一切の抵抗を覚えなかったのだ。国のためだからと言って、躊躇いなくあの魔術を使ってみせた。国を守る王子として――人の心を教えられずに育ったのだろうか。だから、あんなに歪んでしまった……
「……気持ち悪ィ」
途中まで考えたところで、カイは思考を放棄した。人に構っている余裕など、カイにはなかった。
もうジークフリートには会わないように気をつけよう、そう思うことで精一杯だった。これ以上面倒事には関わりたくない。魔蟲に生気を食いつくされ命が尽きるまで――ただ植物のように、息をして、太陽が昇って月が顔をみせるのを眺める――そんな、平坦な生活を送りたい。そうすれば、絶望も、悲しみも、これ以上知ることはないだろうから。
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