アリスドラッグ | ナノ


▼ 月と魔法使い9


 人気のない路地裏まで引っ張られていって、カイは地面に転がされた。体内の魔蟲は勝手に命を食っていくようだが、ジークフリートの意思によって自在に操ることもできるようだった。体中を駆け巡る激痛に喘ぐカイを見下ろし、ジークフリートはにやにやと笑っている。



「いいなあ、その顔。最高に可愛い」

「……ッ、」



 下卑た表情で自分をみているジークフリートに、カイは驚いていた。あの死刑の時――彼は彼なりの使命を果たすためにアイゼンシュミット家を殺害した。……と思っていたが、まさか、ジークフリートは人を虐げることを好む性分なのか、だからあんなにも人を殺すことに抵抗がなかったのか……目の前の男の本性がわからない。

 ジークフリートの本性がわからなければ、自分の心のあるべきところまでもわからなくなってしまう。彼を恨んでいいのか、悪いのか。



「アイゼンシュミット、どうやってここまで生きてきたんだ?」

「……そんなこと、していない……どうやって、だって? そんなこと自分で考えろ、自分のつくった魔術の穴くらい、自分でみつけるんだな」

「……ふっ、」



 苦しげな息を吐きながら途切れ途切れにカイが吐いた言葉に、ジークフリートは愉しそうに笑ってみせた。歪んだ笑顔を浮かべるその顔は悪人そのもの。決まりだ、この男は真人間では全くない。――しかし、だからといってあの死刑を愉しんでいたのかといえば、そうではないような気がした。あの時、自分の役目を語った彼の目は、どこまでも真っ直ぐだったから。


「……俺の魔術に穴があったって? そんなこと指摘するやつ、おまえが初めてだよ。ああ、本当に……」


 本当に、ジークフリートという男がわからない。自分を見つめるその目に、カイは悍ましさすらも感じていた。ゆらゆら、ゆらゆらと瞳の中に揺蕩う情欲、嗜虐、高揚感。一体何故、自分がそんな目を向けられなければいけないのか、考えれば考えるほどに崩れてゆくジークフリートの人物像に、カイは戸惑いを感じていた。こちらからなにか核心を突く問を投げかけようと思っても、その言葉が浮かばない。ジークフリートという男に、恐れを感じ始めていた。


「なあ、アイゼンシュミット、逃げるなよ、初めてなんだ、ここまで気持ちが昂ぶるのは」

「は……? 何を言って……」

「止まんねえんだよ、抑えられないんだ、自分をどうしたらいいのかわからない」

「……っ、あ、」


 この男は危ない、そう思ったときには遅かった。ジークフリートの右手はカイの首をガッシリと掴み、力の限り締め付けていた。全身の激痛と、呼吸ができない苦しみ。カイが必死にその手をどかそうとしている隙に、あろうことかジークフリートのもう片方の手がカイのシャツの中に入り込んできた。

 ――何故。

 そう疑問を覚えるまえに、体が本能的に抵抗していた。魔蟲に体を蝕まれ使うことを躊躇していた魔法を、咄嗟に使う。自分に覆いかぶさっていたジークフリートを弾き飛ばし、姿を鳥に変えてカイはその場から逃げ出した。体が痛くて痛くてたまらなかったが、とにかくジークフリートから逃げなくてはと、その想いで必死に逃げた。


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