アリスドラッグ | ナノ


▼ 月と魔法使い8

 アイゼンシュミット家の死刑から約7年後。

 カイはなんとか生きていた。ジークフリートによって体内にいれられた魔蟲が命を削っていると知ったのは死刑の日からおよそ一ヶ月後。日に日に悪くなってゆく体調に疑問を覚えてのことだった。しかし、魔蟲に命を食われることを避ける術を、すぐに見つけることができた。魔法によって体を「人間以外」のものに変えている間は命を食われないらしいのだ。

 生きる術を見つけて生きながらえて、カイもすっかり青年と呼べる年頃となっていた。こうしてなんとか生きてはいるものの全てに絶望した世界では何一つ心躍るものを見つけることもできず、生きた心地のしない人生を送っていた。毎日が白黒の映像を垂れ流しているような、そんなつまらない日々だった。それでも生きていたのは、心の奥底で、「奇跡」を信じていたから、なのかもしれない。

 カイは一日のほとんどを「人間以外」の姿ですごしていたが、時々人間の姿に戻って町にでることがあった。主に世間の流れを感じ取るためである。新聞をみたり、人々の話をきいたり。あまりに人から離れた生活を送っていると、人の心まで忘れてしまいそうだった。

ある日、小さな居酒屋でぼんやりと周囲の人の話を聴いていたときのことだった。カイは度数の高いウイスキーを飲むのが好きだった。喉が焼けるような感覚と同時に広がる香りには中毒性があった。それを飲む時が、唯一、生きた心地がする瞬間だったかもしれない。グラスを傾け、ウイスキーを口に含もうとしたそのとき、後ろから、小さな声で話しかけられる。


「……おまえ、もしかしてカイ・アイゼンシュミットか?」

「――ッ、」


 突然名を呼ばれて振り返った先には――どこか見覚えのある男。グリーンの瞳、茶色の髪……そうだ、忘れもしない。彼は、


「ジークフリー……んぐ、」


 ジークフリート。カイをこんな状況に追い込んだ張本人。

 驚きのままに彼の名を呼ぼうとすれば、その手で口を塞がれてしまった。静かに、と人差し指をたてて唇にあてるジェスチャーをして訴えてくる。


「……俺が名前なんて言わなくても、みんな知ってるんじゃないのか。こんなところにきて騒ぎになるんじゃ? 国の第二王子様」

「大丈夫さ、俺の存在は国民にそんなに公にされていないから」

「……? 王子なのに?」

「ああ、俺は魔術で国を守る役目を請け負っているから。まだ魔術師の存在が明るみにでていないこの国では、あまり俺のことは」


 納得したようなしないような、カイが黙り込むと、ジークフリートはカイの隣に座り、バーテンダーに酒をひとつ注文する。どんなものを頼むのかと耳をすませていれば、甘いカクテルを注文していてその意外さにカイはじっとジークフリートを見つめてしまった。


「……あまり酒強くないんだ? 顔に似合わず」

「おまえこそ、そんな顔してよくそんな強いもん飲めるな」


 どういう意味だ、とカイはむすっとしながら再びウイスキーを口の中に流し込んだ。……というよりこれはどんな状況だ、と少しずつ頭のなかが覚めてゆく。そもそもなぜこの男は自分に声をかけてきたというのか。


「……結構、驚いてるよ」


 注文したカクテルがでてきてそれを受け取り、ジークフリートはそれを口につける。酒自体があまり好きではないのか、一度に飲み込む量も少ない。


「俺をみるなり殺しにかかってくるかと思ったんだが」

「……人前だ」

「人がいなくたっておまえは俺を殺そうとはしなかっただろ」

「……」

「自分の家族を殺した相手がこうしてなんともない顔して話しかけてきて……それでもおまえはそんな涼しげな顔をして。もっと復讐に燃える目で睨みつけるくらいしてくれてもいいのに」


 カイは、グラスを傾け中の氷を回しているジークフリートを見つめた。まるで自戒するようなことを言っている風ではあるが……決してそうではない。それは、ジークフリートの表情をみればすぐにわかった。カクテルの甘みを堪能しているその横顔は、どこか嗜虐に濡れている。


「……あの時におまえが言っていたことがもっともだったから。おまえは王子としてのつとめを果たしただけだ。俺たちは王の尊厳を守るために悪役にされて、おまえに殺された。おまえを恨むのは筋違いだ」

「……なんだ、つまんねぇの。掴みかかってくるくらいのを想像してたんだけどな。……でもさぁ、そんなこと言っても本当は憎いでしょ、頭ではそう納得してるけど」

「……別に」

「……嘘つくなよ。そんなもう何も信じないみたいな目付きしちゃってさ。恨みたい相手を恨むこともできない、そんな運命に絶望しているだけのくせに」


 煽るような口調に流石にイライラした。カイは残ったウイスキーを一気に口の中に流し込むと、じろりとジークフリートを睨みつける。


「……何が目的だ」


 静かな、しかし氷のように冷たい声でカイは問う。正直なところ、図星だった。ジークフリートのしたことは王子としては間違っていない、だから恨むつもりはない――が、家族を殺した相手はいかなる理由があろうと恨まないではいられない。そんな状況におかれている自分を揶揄されているようで、カイはその憤りをつい声色としてだしてしまった。

 まずかった、そう思ったのは、その直後のジークフリートの表情にだろうか。ジークフリートは嬉しそうに目を細めた後……それまでちびちびと口に含んでいたカクテルを一気に飲み干すと、カイをみつめて微笑んだ。

――その瞬間。


「……うっ」


 体の内側が焼きつくされるような……そんな強烈な痛みに襲われた。カイはこみあげる吐き気を抑えるように口を手でふさぎ、うずくまる。


「……やっぱりあのときの魔術は効いてはいたんだな。ちゃんと体内に魔蟲、いるじゃねえか。すげえよ、それでその歳まで生きているなんて」


 ジークフリートは囁くようにカイに言うと、その肩を抱く。バーテンダーに「こいつ、具合悪いみたいだから」といって勘定を済ませると、カイをひっぱるようにして立ち上がり、そのまま店をでていった。


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