アリスドラッグ | ナノ


▼ 月と魔法使い7


 アイゼンシュミット家の死刑は、一般の国民もみることができた。「魔術師」そのものがほとんど知られていなかった国民たちにとって「悪い魔法使い」の死刑は好奇の対象となり、死刑にはたくさんの人々が詰めかけた。

 王家を相手にして冤罪を訴えることもかなわず、アイゼンシュミット家はその日をむかえてしまった。断首台の上に縄で縛られて並ばされ、人々の目にさらされる。観客にはまるでひとつの催し事が始まるかのようなわくわくとした目でみつめられ、非常に屈辱的だった。幼いカイはなぜ自分がこんな目にあっているのかもわからず、そしてヨルクにも「諦めろ」と諭され魔法を使って逃げることも許されなかった。

 死刑がはじまる、執行人の宣言が終わると観客たちは盛大な歓声をあげる。ヨルクたち、カイを除いたアイゼンシュミット家の者達は目の前のギロチンで首を斬られるのかと、覚悟を決めた。しかし、執行人はギロチンに触れることもなく、こう告げる。



「魔術師の罪には、それ相応の罰を与える。国民に、魔術師のあるべき姿をみせる機会にもなるだろう」

「……?」



 執行人の言葉のあと、一人の少年が断首台にあがってきた。カイとほぼ同い年にみえる彼は、じっとアイゼンシュミット家の者をみつめている。



「彼は魔術師の頂点にたつ少年だ。「悪の魔術師」たちの死刑は彼に執行してもらう」



 その少年はローブをまとっていて、容姿がはっきりとわからなかった。それがよりその不気味さを引き立たせていて、アイゼンシュミット家の者は恐怖を覚える。



「抵抗しなければ、苦しみもなく逝けますので。そんなに怯えないでください」



 少年は静かにそう告げた。そして、一番右端に座っていたヘラの頭に手をのせる。いったい何をするのかと、その場にいた全員が目を瞠った。

 少年の手を、黒いプラズマが纏う。その不吉な光景に、アイゼンシュミット家の者は背筋が凍らせた。黒いプラズマはやがて細長い虫のような形を模していき……するりとヘラの体内に入り込んでしまった。それとほぼ同時にだった。



「あ、ああ……」



 ヘラが、がたがたと体を震わせてうずくまる。その様子をみつめ、少年は怪訝な眼差しをヘラに向けながら冷たく言い放つ。



「……治癒魔術を使っていますか? 変に藻掻くといいことありませんよ? それとも……本能的に使ってしまっているだけですかね」



 やがて、ヘラの皮膚が赤黒く、爛(ただ)れてゆく。そして、ボコボコと大きな水ぶくれのようなものが大量に発生した。あまりにも凄惨な光景に、アイゼンシュミット家の者たちは息を呑んで固まってしまう。美しかったヘラが……見るも無残な姿に変貌してゆく。あまりの苦しみにヘラは叫び声をあげたが、その口からでてきたのは、以前のような透き通るような可愛らしい声ではなく、ガラガラと濁った耳障りな声だった。



「――まるで「ガマガエル」のようだ!」



 観客たちはそう言って笑っていた。ヘラはそんな野次が聞こえているのかいないのか、しばらくバタバタと藻掻いたあと……体を破裂させ、臓物を飛び散らせて死んでしまった。

 唖然と固まるアイゼンシュミット家の者たち。しかし少年は構わず父、母――そしてヨルクに手をかける。あまりにもあっさりと死んでゆく家族。こんなにも人の命は儚く、一瞬で終わるものなのかと、そう思い知らされる光景。

 これは現実なのだろうか、本当に、次に自分が死ぬ番がくるのだろうか。目の前に少年がたったとき、カイは思わず声を発してしまう。



「……なにも、思わないの?」

「……?」



 少年と目が合う。冷たい翠色の瞳。



「……魔法は、人を守るために使うって……そう俺は教わった。おまえは、魔法で人を殺すことに、なにも疑問を覚えないの?」

「……俺は俺の守るもののためにここにいるんだ。おまえたちを殺さないと王としての示しがつかない、王の権威に関わる。王としての立場を守ることは国を守ることに繋がる。だから、俺はおまえたちを殺すことに躊躇いなんてない」

「……王? ……おまえ、誰? ただの魔術師じゃないな」



 朗々と言葉を紡ぐ少年。その会話は、二人の間だけでかわされ、他の者たちには一切聞こえていなかった。

 突風が吹く。少年のローブがはらりとはがれ、少年の茶色い髪とその顔がカイの瞳に映る。



「――俺はジークフリート。この国の第二王子だ」

「……!」



 ジークフリート……今、自分たちを殺そうとしてるのは、国の王子。カイはバッと振り返り、自分を取り囲む観客を見渡す。なぜ、人殺しの現場をみてこの人たちは愉しんでいる?この人たちは人の心ももたない鬼なのか。いや、違う。彼らは国民。国の敵である「悪い魔法使い」の死刑だから、喜んでいるのだ。

 敵は――この国、この世界。味方は誰一人、いない。

 「奇跡」がなんだって? そんなもの、本当に欲しいときに手に入らないじゃないか。小さな魔法で叶えた「奇跡」のまがい物なんかのために、俺達は死ななくちゃいけないのか。

 くだらない。「奇跡」なんてもの、信じた者が馬鹿をみる。その見本が俺たちだ。



「……もう、信じない」

「!」



 カイの瞳に闇が宿ったその瞬間――少年・ジークフリートは嫌な予感がして慌ててカイの頭を掴む。他の者たちと動揺の魔術を使おうと、魔力を手に宿した、そのとき――



「……この世界も、人も……「奇跡」も……俺はもう二度と信じない!」

「うっ……!」



 手に強烈な痛みがはしり、ジークフリートは顔を歪めた。たしかに魔術でつくりだした蟲――魔蟲は寸でのところでカイの体内に入ったはず。他の者と同じ魔術を、カイにかけた。しかし……カイの様子が変わる気配がない。まさか、この術を相殺したのか……驚きにジークフリートは固まり、次のカイの動きを見逃してしまう。カイは魔法で拘束を解き、さらにはリントヴルム(伝説上のドラゴン)を呼び出してそれに飛び乗った。逃走するつもりだ――そう気付いたときにはもう遅かった。その場にいた者たちが呆気にとられている間に、カイをのせたリントヴルムは空の彼方へ消えてしまった。




「……ジークフリート王子! どうしましょう……!」



 執行人がジークフリートに耳打ちをする。まだ国民が魔術師の存在を認識していないため、ジークフリートが王子であることが明らかにしてはいけないのだ。ジークフリートもそれを知っており、身分を隠しながらこうして刑の執行に臨んでいる。ジークフリートは慌てた様子で自分に縋り付いてくる執行人に、同じく小さなトーンで返事を返す。



「……大丈夫です。彼の体内に魔蟲はたしかにはいりました。あれは命を削る性質をもっています。放っておいても、いずれ死ぬでしょう」



 ジークフリートの言葉に、執行人はほっとしたようにため息をつく。ジークフリートはそんな執行人に興味がないという風に、カイが消えていった空をみつめていた。



「……俺と同格か、それ以上の魔術師……」



 ジークフリートはローブをかぶりなおし、顔を隠すようにして断首台をおりてゆく。付き人につれられ、城へと帰っていくその最中――誰にも気づかれないように、唇を歪ませて嗤い、そして呟いた。



「……あ〜、たまんない。次に会ったらとことん虐めてやろう。嘆く顔をみてみたいなあ……まあ、生きていたらだけど」


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