▼ 月と魔法使い3
カイがふらふらと森のなかを歩いていたときのこと。道端に、自分と同じ年頃の少女が座り込んで泣いていた。
「どうしたの?」
「道に、迷っちゃった」
その森は少し大きなもので、一度迷ってしまうとなかなかでることができない。そもそもなんでこんなところにきたんだ、と呆れながらもカイが少女に手を差し伸べると、少女がぶんぶんと首をふる。
「いい、帰らなくていいの」
「いや……危ないし、親が心配するよ」
「しないもん、お母さん、私のことなんて心配しない! だって、さっきすごく怒られたのよ、あんなに怒るんだもん、私のこと嫌いなんだわ」
すんすんと泣きながら少女はカイの手をはらう。参ったな、と頭を抱えて、カイはあることを思いつく。
「見てて」
「?」
カイは少女の目線に合わせてしゃがみ込み、少女に手のひらをみせた。そして、手のひらの上に魔法で花をだしてみせる。
「……っ! え、すごい!」
「これ、あげる」
「え、本当に? 嬉しい!」
「だからね、家に帰ろう? お母さんに花を枯れないで飾っておく方法教えてもらうといいよ。お母さんは君のこと、絶対に心配してるからね」
「……」
むうっと黙り込んでうつむいた少女。しかしもうひとつ、ふたつと花をだしてやると少女は目を輝かせてカイをみつめた。この年頃の少女は単純なもので、一度機嫌をなおしてあげれば素直に言うことをきいてくれる。この少女も例にもれることはなく、
「おいで、お母さんが悲しんでいるよ。森の出口まで案内してあげる」
「……うん」
腕にたくさんの花を抱えて、素直に首を縦に振ったのだった。
しばらく歩いていくと、声が聞こえてくる。
「……ラ、クラーラ!」
誰かを呼んでいるようだな、とカイが思っていると、少女がぴくりと反応した。「お母さん、」と呟き、驚いたように大きな目を瞬きさせる。やがて、出口に近づいたところで一人の女性に出会った。彼女は少女をみるなりわなわなと震えて駆け寄ってくる。
「クラーラ……! 馬鹿、なんで一人でこんなところに!」
「だっ、だって……お母さんこそ、なんで……」
「クラーラを探しにきたに決まっているでしょう! 近所の人がクラーラがこの森にむかっていくのをみたって……」
女性は、少女の母親らしい。わあわあと泣き出した少女を抱き締めながら、カイに気付くと一言。
「ここまでクラーラを案内してくれたの? ありがとう」
涙を流しながら、そう言ってきた。
頑固に動こうとしない少女に小さな花を出す魔法を使ってここまで連れてきただけなんだけどな……大したことしていないよな……そう思いながらも、女性のその言葉に、なぜかカイの胸はいっぱいになった。
そして、少女も腕いっぱいに持った花を大切そうに抱きしめて、
「お兄ちゃん、ありがとう! この花、大切にするね!」
と泣きながら嬉しそうに言ってきたとき、なんだかこっちが泣きそうになってしまったのである。
しょぼくれた、小さな魔術だとばかり思っていたアイゼンシュミット家の魔法で、たった二人の人間だったけれどここまで喜ばせることができるのか……幼いカイの胸のなかには、小さな決意が生まれ始めていた。
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